ヨーロッパミヤマクワガタ(Lucanus cervus)探索記(その2)



4.成虫探索(1) 〜パリ・樹液編〜

5月の終わり頃、海外出張から帰ってくると、パリには一時的な夏の陽気が訪れていました。最高気温は30度近くに上っています。 こうなると、ブローニュの森で樹液廻りを始めてもいい頃合いでしょう。カシワ(ナラ)の木の樹液ポイントは、昨年見つけた場所に この春新たに目を付けた場所を加えても、たった3ヶ所ほどです。各ポイントには、案の定、既に樹液が出始めていて、 それに誘われてパラレリがちらほらと見られます。果たしてミヤマも来るのでしょうか。

[パラレリ2♂♂]

2頭のパラレリ♂が樹液に付いている

それから、夜な夜なポイントに通う日々となりました。6月はミヤマを探し出すのに狙い目のシーズンと聞いています。 つかの間の暑い陽気が過ぎ去り、パリらしく気温の低い初夏となっても、パラレリは本格的に活動しています。同じカシワの幹の上に、 オオカミキリ(Cerambyx cerdo)が姿を現すこともしばしばです。この大型の甲虫の影には、いつもドキッとさせられてしまいます。 しかし、肝心のミヤマは、その姿をなかなか現してはくれません。

[オオカミキリ]

ヨーロッパ最大のカミキリ

(注2)
夜のブローニュの森は、ところどころに娼婦が立っていることで有名です。実際に、ポイント廻りをする際には、 娼婦たちの傍らを通り過ぎなければなりません。けっして気味の良いものではありませんが、娼婦たちも、懐中電灯を片手に 夜な夜な出歩く自分の姿を、いったいどう思っているのでしょうか。
 
(注3)
ブローニュの森には、森の中を通る車道に沿って、いくつもの外灯があります。しかし、外灯には蛾すら集まっている ところを見たことがありません。ミヤマが外灯に誘われて飛来することはもちろんあるのでしょうが、可能性のある外灯ポイントを 絞ることは容易ではなく、ブローニュの森の周辺における外灯採集は難しいものと思われます。

毎晩のように樹液ポイントに通い続けても、なかなかミヤマに出会うことができないうちに、6月も半ばを過ぎてしまいました。 ミヤマを樹上で見てみたいという思いは募るばかりですが、一方、こんなことをしていても所詮駄目なのではないかという 焦りも高まってきます。ミヤマがカシワの樹液に集まるのは間違いないでしょうが、もしかしたら高い梢にしか いないのかもしれません。樹液ポイントの木はどれも太い大木で、自分ごときが蹴ったくらいではビクともしないため、 高い枝に潜むミヤマを振動を使って闇雲に落とす試みも、全く功を奏しません。そもそも、ブローニュの森に生息している ミヤマの数は限られているため、出会える確率はそれこそとても小さなものなのでしょう。

しかし、「信じる者は救われる」ようです。 待ちに待った瞬間がついに来てくれました。6月20日、いつものポイントを懐中電灯で 探ると、ふと、カシワの木の根元に潜り込もうとしている、大きな虫の艶やかな黒い甲が目に映りました。このようなサイズの 甲虫を、当地では他に知りません。ミヤマであることが、一目で分かった瞬間です。

[ミヤマ♀の臀部]

根元に大きな黒い甲の昆虫が

何とか心を落ち着けて、ゆっくりと指で掘り出してみると、大型の黒い♀。正真正銘のパリ(ブローニュの森)産のユーロ ミヤマです。ユーロミヤマは、体の厚みと横幅が日本のミヤマ以上にあるため、まるでオオクワガタを手にしたときのような 感覚でした。繰り返しになりますが、よくぞこんな都市部のそばの、乾燥気味の場所に生息しているものです。日本のミヤマでは、 まず考えられないことのように思います。

[ミヤマ♀]

パリ産ユーロミヤマ♀(41mm)

パリ産のミヤマが樹液に付いているところを見つけたい、という願いは叶いませんでしたが、樹液採集をほぼ果たしたと 言ってよいでしょう。もっとも、そのポイントは老木なため、もしかしたら産卵に来て根元に潜り込もうとしていたのかもしれません。 この♀を幹の上に放しておけば♂が誘われて飛来するかもしれない、という考えも頭をよぎりましたが、せっかくの♀が逃げて しまうかも知れず、さすがにそこまでの勇気はありませんでした。♂は、既に昨夏に街中で拾っっており、その個体は間違いなく ブローニュの森から飛来したパリ産の♂であったと、今や断定して構わないでしょう。
 



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