一時間くらい待っただろうか? 雨は少し勢いを無くしたものの、依然、降り続いている。
辺りが暗いのも、もう雨雲のせいとはいえない時間だ。
俺はただ、電話ボックスの腰掛けに座って道の向こうを見ていた。
「あっ」
二つのライトがこちらに来るのが見える。
あのBMWは…やっと帰って来たか。
水しぶきをあげながら、康太郎さんの車が駐車場に入って来た。街灯のおかげで様子が見れる。
「……」
康太郎さんが傘を片手に降りてきて、助席側に回ってドアを開ける。
ゆっくりと優紀さんが車から出た。
「……」
あれ?なんだか言い合いをしているみたいだぞ。雨の音が激しくてなにも聞こえないけど…。
康太郎さんは優紀さんに傘を押しつけると、振り切るように運転席に乗り込んだ。
駐車場から出ていくBMWを呆然と見つめる優紀さん。
どういう状況なのか、なんとなく分かってしまった。やっぱり優紀さん、康太郎義兄さんに不倫を迫ったんだ。
それで断られたんだと思う。
優紀さんの手から傘が落ちる。それを拾おうともせずに優紀さんは雨の中に立ちつくす。
まったく、何やってんだよ。
俺は思わず電話ボックスから飛び出して、優紀さんの元へ走った。
落とした傘を拾い上げて、俺は優紀さんに差し掛けた。
彼女は俺が来たことすら気付いていなかったらしく、傘がさしのべられてから驚いて俺を見た。
「まこと君…」
俺の顔を見るなり、顔を逸らす優紀さん。
「夏とはいえ、風邪ひきますよ。優紀さん」
「……」
優紀さんは俯いたまま何も答えなかった。俺達はしばらく無言で立ちつくしていた。
雨があがって、辺りに静寂が訪れる。俺がゆっくり傘を閉じると優紀さんは口を開いた。
「もう、二度と会わないって言われたわ…」
「え?」
「わたし、浮気でもいい、二番目でもいいって言ったのに…」
「……」
俺は絶句して何も言えなかった。
何を言っているのだろうこの人は…。
「あの人の為なら、あの人と一緒にいられるなら私はどうなってもかまわないのに…」
次の瞬間、俺は優紀さんの肩を掴んで自分の方へ顔を向けさせた。
「優紀さん。間違ってるよっ…こんなの、いけない」
「君になにが分かるって言うのよ」
「たとえこれで康太郎さんと一緒になれたとしても、幸せになんかなれない」
「学生時代、わたしからあの人を奪ったのは博子なのよ! 奪い返してやるだけなんだから!!」
優紀さんはそう言うと、駐車場の方へ駆け出した。それを俺はあわてて追いかける。車に乗ろうとした彼女を俺は呼び止めた。
「優紀さん!聞いて下さい。俺…」
「もう…わたしに構わないで。分かるでしょう?、わたしは君を…まこと君を博子に対する当てつけとして利用した女よ…。寂しさを埋め合わせるために君を弄んだずるい女よ!」
「……」
「君だって、博子に言われてわたしを見張ってただけでしょう?」
「違います!姉貴は関係ありません!俺は…」
「まこと君。もう私たちはお互い、相手を信用することができない…」
「優紀さんが俺を信じてくれなくても、俺は…俺は優紀さんを信じます。たとえ間違っていようとも。俺にはそれしかできないから…」
「…さよなら、まこと君」
優紀さんはためらいがちに俺から目をそらすと車に乗り込んだ。
「ま、待って下さい優紀さん!」
俺は優紀さんの車のサイドガラスをたたきながら呼び止める。彼女は顔を曇らせて振り切るようにアクセルを踏み込んだ。