◆7月26日<夕方>◆
『雨上がり』
俺は優紀さんを探して夕暮れまで歩き回ったのだが見つけることは出来なかった。
もう、三本松町にはいないのかもしれない。
俺は康太郎義兄さんの経営するヨットマリーナの前に来ていた。もしかしたら、優紀さんは康太郎義兄さんに会いに来てるかもしれない。
考えたくないが、十分ありえることだ。
彼女が見つかる事は嬉しいが、この場所で見つけるというのは複雑な気持ちである。
俺は駐車場を横切ってマリーナに入ろうとした。
あれ? 駐車場から出てくるのは康太郎義兄さんのBMWじゃないか…。
俺は思わず茂みに姿を隠す。隠れる必要などないとは分かっていたのだが、なんとなく顔を見られるのが嫌だった。
俺はゆっくりこちらへ向かって来る車を息を殺して見ていた。
目の前を通り過ぎる。
そこで俺は最悪のものを見てしまった。
サイドシートに乗っていたのは優紀さんだ。楽しそうに何かを話していた。もちろん相手は運転している康太郎義兄さんだ。
「……」
呆然と車を見送る俺。
これは相当痛いぜ…優紀さん。
本気で信じていた分、今の光景はかなりショックだった。
それに、康太郎義兄さん。
新婚早々、浮気をするつもりだろうか? そんなだらしのない人だと思わなかった。
「大人って汚いぜ…」
俺は思わずそんな言葉を吐き捨てた。
…いかん、いかん。早とちりするな。
俺は首を振って、悪い考えを追い出そうとする。
そうだよ。優紀さんの方はまだしも、別に康太郎義兄さんが彼女の誘惑に乗ったとは限らない。昔のなじみで話をするだけだとか、相談に乗って欲しいとか言われて一緒に行ったのかもしれない。
それに優紀さんが今でも康太郎義兄さんを想っている事は分かってるはずだ。悔しいけど…。
それを承知で俺は好きになった。
俺は最後まで信じてみよう。そう、自分に言い聞かせた。
優紀さんの車は駐車場にある。それはいずれここに帰ってくると言うことだ。俺は待つ事に決めた。待って優紀さんと話してみよう。優紀さんに俺の気持ちをはっきり言葉で伝えてみよう。
俺はそう思い駐車場の横にある花壇のブロックに腰かけた。
……。
何か冷たいものが頬に当たる。
「雨か…」
空を見上げると、いつの間にか厚い雲に覆われていて、辺りは暗くなっていた。
アスファルトが雨で冷やされる時の独特の匂い。
夕立が来る。
俺はあわてて雨を防げる場所を探した。
駐車場の出口のすぐ横に電話ボックスを見つけると駆け込んだ。
俺が中へ入ったと同時に大粒の雨が地面を叩く。
電話ボックスのガラス越しに外をじっと見た。雨が俺の気持ちを再び不安にさせる。
俺は憎らしげに黒々とした空を睨んだ。