■優紀編■
6日目【7月26日】


 
 

◆7月26日<昼>◆
『姉貴VS優紀』


 

 俺は優紀さんを探しに綾部家の別荘の前まで来た。とりあえず優紀さんの車を探そう。

「ちょっと、どういうつもりだ。わたしの弟に手を出すなんて」

 姉貴の声だ。俺は車庫ほうをそっと伺った。車に乗ろうとしてる優紀さんを姉貴が呼び止めたのだろう。優紀さんは車のドアを開けたままの状態で姉貴と向き合ってる。

「手を出すなんて失礼な言い方ね。私が誰とつき合おうとわたしの勝手でしょ? 康太郎さんが相手じゃないんだし」
「あんな馬鹿でも私の弟だ。傷つけるような事をしたら許さないぞ」
「ふ〜ん。博子、康太郎さんだけじゃなく弟までも自分の物って訳」
「あのな〜。いいか、もしお前が私に対するあてつけで、まことを利用してるならやめてくれないか。あいつは関係ない」
「……」
「康太郎の事は、すまないと思ってる」
「すまない…すまないですって! そんな言葉で許されるって思っているの! 横取りしておいて! わたしの…わたしの大切な康太郎さんを…」

 感情的になる優紀さん。
 やっぱりまだ康太郎さんの事を忘れられないのか…。

「優紀が傷つくことを分かってて、わたしは康太郎と一緒になった。その事で私はいくら責められてもかまわない。自業自得だからな。だが、関係ない人間を巻き込むな」
「博子になんか、なにが分かるって言うのよ! わたしをこんなにしたのは誰だか分かってるの!?」
「だから!」
「わたしが誰と一緒にいようと関係無いじゃない! あなたはわたしから康太郎さんを奪った。その上、まこと君まで取り上げようというの!」
「……」
「わたしが何をしようと、関係ないじゃない」

 小さく言う優紀さん。姉貴は少し驚いたような顔をしている。

「お前、まことの事を本気で…」
「さあね。あなたの大切な弟さんをこのまま弄んで捨てるのも悪くないかもね」

 急に優紀さんの声音が変わったような気がした。

「優紀!!」
「そうなると、まこと君、あなたを凄く憎むでしょうね。わたしを憎む以上に」
「冗談にしては、悪質だぞ。優紀」
「冗談?そうね、冗談よ。わたしがあんたなんかの弟に本気になる訳ないじゃない。馬鹿みたい」

 そう言って笑う優紀さん。
 ちょっと待て、そりゃ、俺もショックだぞ。
 昨日のあれは全部演技だったっていうのか?

 違う。絶対に違う…。

 姉貴が優紀さんの襟首を掴む。にらみ合う二人。俺は我慢しきれずに姉貴達の前に飛び出していた。

「優紀さんから手を離せよ姉貴」
「まこと! …お前いったい何時から」

 驚いて俺の方を見る姉貴。優紀さんの方はあまりの驚きに声もでないみたいだ。

「姉貴。これは俺と優紀さんとの問題だ。よけいなお節介はやめてくれ」
「いいか? まこと。私はな…」
「放っておいてくれと言ってるんだ!」
「……」
「優紀さん。ここは俺にまかせて」
「…う、うん」

 優紀さんは戸惑いながらも、車に乗り込みエンジンをかける。

「優紀さん。さっき言っていた事、俺、気にしていませんから…俺、信じますから優紀さんの事」
「まこと君…」
「さ、早く」

 優紀さんはドアを閉めると、車を出した。

「どういうつもりだ。まこと。お前は優紀と私がどういう関係が知っているんだろ?」
「ああ、もちろん。でも俺は優紀さんを信じる。ただそれだけなんだ。姉貴の言いたい事は分かる。でもたとえ自分が傷つくような事になっても、優紀さんといたいんだ」
「……」
「それに優紀さん、そんな事をする女性じゃないぜ」
「でも、お前は仮にも私の弟だからな。彼女の最愛の人を横取りした友達の…」
「それに歳下だしな。いろいろと不利な状況である事は覚悟してる。だって仕方ないだろ?好きになってしまったんだから」
「きっと傷つくような結果になるぞ。それでもいいのか?」
「なにもしないよりはましさ。俺は優紀さんを信じたい」
「…わかった。好きにしな」

 姉貴はため息をつくと俺に背を向けて歩き出した。
 
 少し怒ったのかもな…。

 俺は慌てて姉貴の隣に並び、顔を伺ってみる。

「理屈や理論じゃどうしようもない事が世の中にはある」

 姉貴は前を見たまま独り言のように言う。
 でも、らしくない台詞だ。合理的でなにごとも理論づけて考える姉貴の口から出た言葉とは思えなかった。

「それが人の情って奴だ。特に恋愛感情っていうものは…」
「……」
「私が康太郎に惚れた時、つくづく思い知らされたね。友達の大切な彼氏を好きになってしまうなんていけないって、何度も思ったよ。他人の幸せを壊してまで自分の幸せを築くなんてやってはいけない。そう思っていたのに、感情がついていかなかった。そして、いつの間にか私は優紀から康太郎を奪っていたんだ」
「姉貴…」

「でも、私はその事を後悔していない。優紀には恨まれる事になってしまったが私は康太郎と一緒にいたかった。康太郎とならなにを引き替えにしても惜しくないって思った。たとえ友情を犠牲にしても…たとえ理論的に破綻した事であっても…」

 姉貴がふと優しい目をして俺の方を見た。

「だから、今のお前の気持ち、少し分かるんだ」