美鈴はバス停に着くと俺から荷物を受け取って次の便を待った。
俺も隣で美鈴を見送る為に待つ。
「深川とあんたの事、だいたい知っているわ。あなたのお姉さんと義理のお兄さんの事も…」
道路の向こうを眺めながら美鈴が静かに話し出す。
「私ね。今まで人に利用され、裏切られてばかりだったけど、人を信じることを止めなかった。誰かを信じたい。信じてみようって思うことを諦めなかった。結果はいつも散々だったけど…。でも、それだけが私の誇り。だって信じられなくて何もできないより、信じて裏切られた方がマシだと思ってるもの。信頼が生まれる可能性を最初から諦めて逃げる事は裏切られるより悲しい事よ。だから何度裏切られても自分の殻にこもる事だけはしなかった」
そう言い切った美鈴が別人に見えた。確かに彼女が内に籠もって、他人からの接触を避けるような事はなかった気がする。大人びた表情。ひたすらに信念を貫いた彼女は少し満足げに俺に話している。
「私が昔、お婆様に国際電話でフランスへ帰りたいって言った時に、お婆様が私に言った言葉なんだけどね。だからさ、宇佐美も信じてごらんなさいよ。深川の事。あいつはああ見えて不器用だから自分の意見とか気持ちとか上手く言えない所があるわ。そのくせ意地っ張りなのよね。宇佐美なら、きっと深川の気持ちを解いてあげられるわ。長年つき合ってきた私が言っているんだから間違いないわよ」
美鈴はそう言うと、俺を見て微笑んだ。
「ありがとう。美鈴」
ふと道の先を見るとバスがこちらにやって来ている。美鈴は荷物を手に持ち直すと道の方へ一歩進んだ。
「きっと、まだこの街にいるはずだわ。彼女の車は別荘に置いてあるもの。探し出してちゃんと気持ちを伝えるのよ」
「え? 気持ちって何のことだ?」
「本気で好きなんでしょ?深川の事」
「……」
「まぁ、いいわ。とにかく、あいつの事信じてあげなさいよ」
「ああ」
バスがもうすぐそこまで来ている。
「私も信じてみれば良かったかな…宇佐美の事…」
「え?」
バスが来てドアが開く。
美鈴は俺の側に近寄ると頬に軽くキスをした。俺は驚いて美鈴の顔を見据える。
「さよなら…馬鹿男」
笑顔でそういうとバスに駆け込む美鈴。気のせいか彼女の目には涙が溜まってるように見えた。
走り出したバスをただ呆然と見送る俺。なんだよ、俺まで目が潤んできやがったぜ。
もうきっと会えない腐れ縁の生意気女。でも嫌いじゃなかった。いろいろ口げんかした事も今思えば楽しかった気がする。
「さよなら美鈴」
俺は返せなかった挨拶をひとり国道に立ちすくんでつぶやいた。
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