俺の右肩になにかが当たる感触がする。腕にはサラサラしたものが触れていた。
あれ?
俺、寝ていたのか。
帰りの車の中、さすがに疲れが出たみたいで、俺はうとうとしてしまったらしい。肩に触れているものを退かそうと目を開けてそれに手を伸ばした。
「あ…」
俺は驚いて声をあげそうになった。優紀さんが俺の肩に寄りかかって眠っている。腕にあたっていたのは彼女の長い髪だった。
外を見ると誰もいない海沿いのパーキング。車のエンジンの音だけが辺りに響いている。
俺の目の前に優紀さんの綺麗な顔がある。静かな息づかいが伝わって来て俺はかなりドキドキしていた。
この手の甲に当たる柔らかな感触は。
待った! 落ち着け…落ち着け……。
夜。人のいない駐車場。車という密閉された空間に大人の女性と二人っきりでいる。これがどんな状況なのか、いかに疎い俺でも分かる。
俺はとにかく優紀さんを起こそうと思い、彼女の肩を掴もうとして手をのばした。
「まこと君…もう少しこのままでいさせて」
うっすらと目を開けて小さな声で囁く優紀さん。俺はビックリして手を引っ込めた。
なんだ…起きていたのか。
「このまま、誰も知らない場所まで二人で行ってみない? なにもかも全部捨てて二人だけで逃げちゃうの」
「優紀さん?」
「ふふふ。馬鹿げてるわよね。そんなの」
寂しそうに笑う優紀さん。
「今日は楽しかったわ。こんなに楽しかったのは何年ぶりかしら。ごめんね。こんなおばさんのわがまま聞いてくれて」
「ちょっと、優紀さん。何言ってるんだよ」
「もう、疲れちゃって…いろいろと。もう疲れちゃった…」
俺は何も言えなくて彼女の顔を見た。伏せてる瞳から一筋の涙。
優紀さんが、泣いてる!?
やっぱり辛いんだろうな。いろいろと。姉貴や康太郎義兄さんの事。わがままな美鈴の事。就職の事や親から期待されている結婚の事。
たしかに表面じゃ、平気な顔をしているけど本当は凄く辛いんじゃないのかな。
俺はそっと優紀さんの肩を引き寄せる。彼女は俺の胸に顔を埋めるようにして泣いていた。
抱きしめる事以外、なにも出来ない自分がもどかしかった。