「すっかり遅くなっちゃって、ごめんね」
いつもの感じに戻った優紀さんが車のウインドウ越しに俺に言う。
時間は深夜1時。姉貴の家の前である。玄関の電気がついているので、どうやら閉め出されたという事はないようだ。明日の朝、姉貴に会うのが怖いけど…。
あの駐車場ではけっきょく、なにもなかった。
安心したような、がっかりのような複雑な心境だった。
「今日は本当にありがとう」
「いえ、礼を言うのはこっちのほうです。送り迎えもしてもらったし、食事もご馳走してもらったし…。ほんと楽しかったですよ。向こうに帰ったら、また何処かに行きましょう」
「そう…ね。機会があれば…ね」
いまいち歯切れの悪い返事に少し戸惑う。でも、気にしない事にしよう。次はその機会をこっちから作ってやればいいんだから。
「あの事、博子には内緒よ」
「さっきの駐車場での事?言うわけないじゃないですか」
「約束よ。できれば君も忘れて。あの時、私どうかしてたの」
「あ、ああ」
「それじゃ、おやすみなさい」
「気を付けて帰ってくださいね。それじゃぁ」
少し寂しげな笑顔を見せて、優紀さんは車を出す。俺は、テールランプが角を曲がって見えなくなるまで見送った。