優紀さんはタオルを手にして髪の水分を拭き取ると、頭に乗せたままの状態で、俺の方を振り向いた。
「ああ、ビックリした。いつの間にかあんなに深いところまで行っていたのですもの」
予想に反した明るい声に、俺は心の中で少しコケた。
「ビックリしたのはこっちですよ。まさか優紀さんが泳げないなんて思わなかったから」
「ごめんね」
軽く舌をだして謝り無邪気に微笑む優紀さん。俺は彼女が落ち込んでいないので安心した。
「格好悪い所みられちゃったわね。でも君がいて助かったわ」
「いやいや。おかげで役得があったしね」
「ああ! さっきどさくさに紛れて胸をさわったでしょ?」
「え? いや、あれは優紀さんが暴れて…」
「なんてね。冗談よ」
「……」
「あれ? 怒った?」
「呆れてるんですよ。さっきあんなに怖がってたくせによく平気だなぁって」
「年の功、経験の差ってヤツよ。そうだ! せっかくだからビジターセンターのカフェでなにか飲まない? 喉かわいちゃた」
ホント、優紀さんって強引だなぁ。
「優紀さんのおごりで?」
「もちろん。でも、これで今の借りはナシね」
なんだかなぁ。大変な目に遭った割には、けっこう機嫌がいいぞ。
体を丁寧に拭いた後、優紀さんはパラオを腰に付ける。
そして俺は彼女と一緒にビジターセンターへ向かった。
センターの2階には海側に大きく張り出したカフェテラスがあって、水着のまま入れるようになっている。
観賞植物やトロピカルなBGMで演出されたテラスは景色もいいという事もありなかなかのものだった。
俺達はパラソル付きの白いテーブルに向かい合って座る。
う〜ん。こんな場所でこんな綺麗な女性と午後のひとときを楽しめるなんて、昔見た映画のワンシーンみたいだ。なんて思うとすこし緊張してしまう。
しばらくするとボーイが注文を取りに来た。
「君は何にする?」
メニュー越しに優紀さんが俺を見た。
「え〜っと、アイスコーヒー」
俺は無難な選択をする。変に子供っぽいものを頼んで笑われたくないもんな。
「そう?じゃあ、私はね・・ジャッンボパフェ。以上です」
ボーイが注文を繰り返して戻って行く。嬉しそうにしている優紀さんに俺は目が点だ。ジャンボパフェって見るからに甘ったるそうでその上にジャンボってだけあって量が多い。なんか想像すると胸焼けしてきそう…。
「なぁに?おかしい?」
「いや、なんかジャンボパフェなんてイメージにそぐわないな〜って思って…いろいろな意味で」
「なによぅ。私が甘いもの食べちゃおかしい?」
「いや…そういう訳じゃぁ…でも太りますよ」
「うっ…ほら、それはそれって奴で…滅多に食べないし」
「そうでしょう?」
「前から目を付けていたんだけどね、こういう機会にしか食べれないから」
「こういう機会って?」
「相手が君の時くらいしか」
「ひど〜。俺ってその程度の存在だったのですね」
俺はわざとらしく拗ねてみせた。
「やだな〜。誉めてるのよ。気を許せる相手だって」
「他の男性の前では見栄張ったりしてるんでしょ?」
「まぁ、確かに変に思われるような行動はとらないかしら…」
「ど〜せ」
両肘をついてそっぽ向き、いじけてみせる俺。でも優紀さんは嬉しそうだった。
「もう、見栄を張る恋愛には飽きちゃったのよね」
不意に海の方を見つめて優紀さんがつぶやく。
「自分に嘘ついて、自分を偽って、見栄張って人を好きになっても、いつかはボロがでてしまうのよね。康太郎さんとの喧嘩の原因もそんなものだったわ」
真剣な表情でそう言った優紀さんの横顔に、さっきまでの無邪気さは無くなっていた。
優紀さんがあんな無邪気な姿を見せるのは俺だけなのかもしれない。
そう思うと悪い気はしなかった。
「なんかさ、君といると不思議なんだよね。肩を張らなくていいっていうのか、君になら本当の自分をさらけ出してもいいような…そんな感じ。きっと君が優しいからかな?」
目を細めて俺の顔を見つめる優紀さん。
「それって誉めてるんですか?」
「もちろんよ。君のほうが年下なのに私、甘えちゃってるね」
「じゃあ、少しは男として認めてくれているって事?」
「そうね。ほんのちょっぴり」
「…ちょっっぴりだけ?」
「冗談よ。君って頼れるぅ、男前! 日本一!」
そう言ってまた楽しそうに笑う優紀さん。
まったく、何処から本気で何処から冗談か分からない人だなぁ。