「ね、こっちこっち」
優紀さんは俺を近くにあった大きな岩に導く。
彼女は足を水に浸けたままその岩に腰掛けた。その横に俺も座る。
「まこと君。さっきわたしの事、気になるって言ってくれたの、あれって本気? それともただのお世辞?」
「え?」
いきなりそう切り出されて、ちょっと困惑してしまう俺。
確かに嘘じゃないけど、まともに相手にされるとは思わなかった。
「もちろん俺の本心ですよ。優紀さんって美人だし、魅力的だし…気になる女性である事は確かです」
「ありがと。…でも、どうしてあの人はわたしを捨てたのかな。やっぱりわたしってつまらない女なのかな?」
「……」
そうか。さっき話していた好きな相手の事を言っているのか。
俺は少し肩すかしを食らった感じになったが、相手が優紀さんならそれも仕方がないかと思えてしまう。
「それにね。周りの人たちから、まだ結婚しないのってプレシャーかけられるし…。うちの母親なんて顔を合わせる度、お見合い写真を持ってくるのよ」
子供のように素足をぶらぶらさせながら拗ねる優紀さん。
「優紀さんは結婚したくないの?」
「そう言う訳じゃないけど、やっぱり相手が問題でしょ? 無理矢理お見合いさせられて結婚なんて嫌だし…」
なんだか深刻な話題になってきたなぁ。
でも、優紀さんほどの女性なら相手見つけるのに苦労しないと思うんだけどな。
長く綺麗な髪に知性を感じさせる整った顔立ち。長身で服などのセンスもいい。モデルやってますなんて言っても信じちゃうほどの容姿の持ち主だ。
海風になびく髪を手で押さえ、海の方を見つめながら話をしていた優紀さんが不意に俺の方を向く。
「もし、そんな事になりそうだったら、君が助けてくれる?」
「え?」
「わたしを君のお嫁さんにしてくれるかって事」
「……」
俺は優紀さんの言った内容に驚いて絶句してしまう。
「あはは! ごめん、冗談よ、冗談。まこと君、本気で驚くんだもん、言ったわたしも驚いちゃった」
「優紀さん! ひどいですよ」
さすがに俺は怒って非難する。優紀さんは肩をすくめて下を出す。
「ごめんね。君って反応があまりに素直なもんだから、つい…」
「どうせ、俺は単純ですよ」
「でもね。ちょっぴり本気入ってるのよ。わたし、君の事、評価してるんだから」
「またぁ」
「あら、これは本当よ。嫌いな相手をこんな所へ誘ったりしないわ。しかも2人きりで」
「俺をからかって楽しむ為にでしょ?」
「もう! 意固地にならないの。わたしは純粋に君ともう少し話をしたいなって思ったから誘ったの。もしかして、本当は嫌だった?」
「そ、そんな事は…ないです」
「じゃあ、いいじゃない。せっかくだからもう少しつき合ってよ」
青い月明かりの中、俺は優紀さんと肩をならべてこうして話をしている。広い海と夜空を二人っきりで独占していた。
優紀さんは穏やかに微笑んでいる。さっきは少女のように見えたその顔。今は別人のように大人の魅力を含んでいた。夜の海という特殊な舞台が優紀さんの美しさを引き立て、俺はまた見とれてしまった。
心臓が高鳴る。
このままでは優紀さんの事を本気で好きになってしまう…。
そう思った。
「それに、正直言うとね、君なら、あの人の事、忘れさせてくれるんじゃないかって、少し期待してるのかも」
「優紀さん…やっぱり辛いですか?相手の事忘れられないのって…」
「そうね。頭の中では分かっているんだけど、気持ちがなかなかついて来なくて…少しでも考える暇があるとあの人の事を考えているの。もうあの人の気持ちはわたしにないって分かっているのにね」
寂しげにそうつぶやく優紀さん。
「俺が少しでも優紀さんの気持ちを解す事出来るのなら、いつでも相手になりますよ。優紀さんの”あの人”には適わないかもしれませんけどね」
「ごめんね。なんか甘えちゃって」
「優紀さんに甘えられるなら、光栄ですよ。年下の男でも頼りになるって事証明してみせます」
「あはは、生意気言っちゃって」
そう優紀さんが言うと、俺達は笑い合う。
夜の静かな海に2人の笑い声が響く。
笑いが自然と収まった後、なんとなくお互いに見つめ合ってしまった。
…この雰囲気は…。
「ね、忘れさせてくれる?」
「え?…ああ」
優紀さんが静かに目を閉じる。
やっぱり、これは…