「だめだよ。こんな時、一人でいちゃダメだ。一人でいたらどんどん落ち込むだけだぞ」
「いいのよ。とにかく一人で帰って…まこと君にみっともない所、見られたくない」
直美さんは再び俺に背を向けて海を見た。俺はそんな彼女の隣に行って彼女を見る。
「見せてくれよ。俺、直美さんのどんな所も見てみたいんだ。直美さんのこと理解したい。直美さんの本当の姿が見たいんだ。俺の前で格好つけなくてもいい。俺は素顔の直美さんが知りたいんだ!」
「まこと君…」
俺の言葉に直美さんはこちらを向く。彼女の目に溜まった涙が街灯の光に反射して綺麗だと一瞬思う。
「俺、直美さんとの関係を大事にしたいんだ。本当の人間関係って楽しい事ばかり一緒にしていたって成り立たないと思う。時には辛いことや悲しい事も分け合っていけるのが友達とか恋人とかいうもんじゃないかな」
「そうだけど…」
「直美さんは俺じゃ信用できない?」
「そんなことない! そんなことないけど…」
少し俯いて言葉を濁す直美さん。一瞬、静寂が二人を包む。
「俺、今日の直美さん立派だと思った。失敗してもそれに縛られず事後処理をして最悪の事態を避けられた」
「でも、私が考え事してたから…」
「失敗は失敗だけど、それを投げ出さずきちんと責任を果たしたじゃないか。センターであの夫婦の非難を黙って聞いてた直美さんを見て俺は凄いと思った。俺なら耐えられないな」
「…あたしだって…あたしだって、本当は辛かったのよっ! とても耐えられそうになかった! だけど…」
直美さんの目からポロポロ涙が出てきた。俺のTシャツの袖をつかんで唇を噛む。
「直美さんは強い人間だ。責任感もあって、俺は尊敬するよ。でも、俺の前では強い人間である必要はないよ」
「まこと君!!」
直美さんは俺の胸に飛び込んできて、がむしゃらに泣いた。
俺は直美さんの頭をなでながら、直美さんの事をとても愛おしく想った。
……。
虫の音が夜の公園に静かな音色を奏でる。少しの間、そうしていたが、落ち着いたのか、直美さんは泣くのを止めて顔を上げて俺を見上げる。
息がかかりそうなくらい間近で、直美さんと見つめ合う。
「ごめん…えへ、みっともないよね。こんなに人前で泣いちゃうなんて…」
直美さんは涙を拭きながら俺に無理矢理笑ってみせる。
「少し安心した。直美さんが完璧人間じゃないってことがわかって」
「なに? その完璧人間って?」
「直美さん何でも出来るから…」
「それを言うならまこと君もじゃない。あそこまで立派にやれるなんて思ってみなかったわよ」
「たまたまだよ、たまたま」
「とにかく…今日は、いろんな事、ありがとうね」
俺は今、すごいドキドキしてる。
直美さんがこんなに近くにいると考えるだけで、ふらふらきそうだ。
直美さんの薄くピンクに塗った唇が目の前…。
そういえば、直美さんって化粧しない女性だと思っていたのになぁ。前、恵理香ちゃんや妹の千香子ちゃんが言った事は本当なんだといまさらのように思った。
「あ、ごめん。私、抱きついたままだったわ」
直美さんはゆっくりと俺の胸から離れた。
「あ、ああ」
「今日は「もっと抱き締めたい!」なんて言わないのね」
こんな状況で冗談なんかいえないよ…。
「送ってくれるでしょ、まこと君」
「うん。じゃあ帰ろう」
俺達は少し照れながら、一緒に家へと向かった。
俺は、今、ようやく気づいた。彼女の事をどうしようもなく好きになってしまっていることに…。
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