……。
……。
「ん?…ここ、何処?」
「あれ、直美さん起きちゃった?」
「私、寝てた? どのくらい?」
「30分くらい」
「どうして起こしてくれなかったのよ? 私が寝てる間、ずっと一人で海に浸かってたの?」
「直美さん気持ちよさそうに寝てたから、起こすの可哀想で」
「馬鹿ねぇ、かまわず起こしてくれればよかったのよ。さあ、とりあえずビーチに戻りましょう」
そう言って、直美さんはボートから海に飛び込んだ。俺は空のボートを引っ張って、直美さんに続く。
砂浜に戻ると軽く体を拭き、足に付いた砂を払う。
そして、ビーチシートを砂浜の上に敷き、体を休める。
太陽は相変わらず燦々と夏の熱さで砂浜を照りつけていた。
「ふう、さすがに疲れたな。少し肌でも焼くかぁ」
俺は海水で落ちてしまったサンオイルをもう一度身体に塗り始めた。
「それって、サンオイル? 日焼け止め?」
「サンオイルだよ。塗る?」
「ええ。じゃあ貸して」
「へっへっへっ…俺が塗ってあげようか?」
「なによ、そのわざとらしい笑いは。結構です自分で塗ります」
「ちぇっ」
「まったく、まこと君て時々スケベになるのよね」
「何を言う。男はみんなスケベだ。スケベじゃないと男の存在意義がなくなっちまう」
「はいはい」
ジト目でこっちを見ながら直美さんは自分の体にオイルを塗っている。
「そんな色っぽい水着つけといて男に下心を出すななんて言う方が詐欺だ」
「じゃあ、まこと君の前ではもう水着は着ない。私、着替えてくるわね」
「うう…冗談です」
「もう、しょうがないなぁ。じゃあ背中だけ塗ってくれる?」
「わぁお! 喜んで」
俺はオイルをおもいっきり手に付けると彼女の背中に塗り始めた。
「言っとくけど、手が滑ったっていうのナシだからね。背中以外に手をふれたらブンなぐるわよ」
「おお、怖い怖い」
最初は真面目にオイルを塗っていた俺だが、直美さんの柔肌に触れているうちになんだか妙な気分になってきた。
「ねえ…オイル塗るだけなのに、なんで揉んでいるの?」
ちょっと怖い目で俺にそう言う直美さん。
「いや、凝っているかなあ、なんて思って」
「よけいな事しないの。…って、バカ、太股はいいわよっ!! 太股は!! 自分で塗れるからっ!!」
「え? そう?」
俺はお尻の部分の水着の中に背中から軽く手を入れる。
「ひやぁぁ、だ、誰が水着の中まで塗れって言ったかあ!!」
「ほら、白は紫外線を通すっていうし…」
「ああああ! も〜うアッタマ来た、仕返ししてやる!」
「どわぁ」
起き上がって、直美は俺をねじ伏せると、ワザとくすぐるようにしてサンオイルを俺の身体に塗り始めた。
「きゃははははは! やめてくれぇ、ワキだけはワキだけはやめちくれ!」
「ええい往生際が悪い! ほら! ほら! ほらっ!」
「ぎゃはは、ちょっと、くるしい〜がははは!」
でも、直美さんと身体が密着して少し嬉しいかも…。
不意に俺の胸に背中から手を回した状態で直美さんの動きが止まった。
ありゃりゃ?これじゃぁ背中から抱きつかれてる状態じゃないか。
「…まこと君、あのさ、さっきボートの上で言った事、本気?」
どきりとする。
あのとき、直美さん、寝たふりしてただけで、やっぱり聞いていたんだ。
俺は心臓が高鳴った。
彼女の体が熱く感じられる。
それに、俺の背中には、その…直美さんの胸の膨らみが…。
「このままだと私、本気にしちゃうよ」
「……」
しばしの沈黙。
浜辺のざわめきが遠くに聞こえる。
何か言わなきゃ…。
俺が口を開こうとした瞬間、
「こんな公衆の面前で、なぁ〜にをやってんだか」
その声に、慌てて離れる、俺と直美さん。
ったく、誰だよ邪魔しやがって。
俺は声の主に目を向ける。
「だぁぁぁぁ! 美鈴!!」
綾部美鈴だった。取り巻き連中を数人連れて俺達を見下ろしている。
よりによってこんな時に…。
「…あちゃ…最低……」
直美さんも唸る。
そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、美鈴はズカズカと言いたいことを言い続ける。
「だから低俗な人たちって嫌いなのよ。よく恥ずかしくないわね」
「こういう周りが見えてない馬鹿ップルってよくいるんだよね」
「夏で、開放的になって、理性までふっとんじゃっているんだよ」
「そうそう、あんたたちもっと言ってやりなさい」
「何、この女。似合いもしないのに、大胆な水着着ちゃってサ。あたしの勝負水着で彼の心をゲッチュ〜なんて思っているのよ。恥ずかしすぎて見てらんないわ」
「男も男よね〜、そんなのに鼻の下伸ばしちゃって、頭、足りてないんじゃない?」
「バッカじゃないの。ああ、恥ずかしい、恥ずかしい」
「あんたらには関係ないでしょあんたらには」
直美さんは嫌そうに顔をしかめながら美鈴に言い返す。
「この海岸の風紀が乱れちゃうわ」
「綾部さんの言うとおり、最低よね」
「お前らが来た方がよっぽど乱れると思うが…」
「だいたいね、アホ宇佐美、あんた馬鹿男の分際で女とデートしてるんじゃないわよ。それもよりによって、こんな品のない女と」
「誰が品のない女ですって!? …また投げちゃおうかな」
直美さんがあからさまに指をポキポキならしながら言うと美鈴の顔がサッーと青くなった。
「と、ともかく私が来たからには、もうそんな真似はさせないからね」
そう言って俺達の両横に陣取り始めた。
がやがやと連れの連中が、荷物を運んでくる。
パラソル付きのビーチチェアがいくつも並び、大型のクーラーボックスが俺たちの隣にドカリと置かれ、さりげなく置かれた耐水仕様のCDラジカセ(…っていうかコンポ?)からは流行のポップスが大音量で流れる。
そしてすぐ横のビーチチェアに美鈴は俺たちを見張るような格好で寝そべった。
あきらかに邪魔してやるぞといった感じだ。
「なんでお前がここで泳ぐんだよ? プライベートビーチはどうしたプライベートビーチは?」
「まあ、たまには庶民の気分を味わうのも悪くないと思ってね」
「あのなぁ…」
「まこと君、帰りましょ。なんだかしらけちゃったわ」
「あ〜ら、せっかくいい雰囲気なのに帰るの? いいのよ。別にあたしたちの事は気にしなくても」
嫌みっぽく美鈴が口を挟む。
「そうだね…ごめんね直美さん」
「別にまこと君が謝ることないじゃないわよ。そこにふんぞり返って寝そべってる、金髪のインチキお嬢が悪いんだから」
「そりゃぁ、そうだけど」
「…何はともあれ、今日は、ありがとう。けっこうり面白かったわ。また今度来ようね…って、もう今度はないわね…」
「……」
そうだよな、俺、明々後日には帰るんだからな。
せっかく仲良くなれたのにもう一緒に遊びにもいけないなんて、なんだか残念だ。
「でも、来年があるわよ! 来年もおいでよ。そうすればまた一緒に海に来れるじゃない」
「来年なんてあるわけないじゃない。あんたたちは所詮、夏だけの関係よ」
「人の会話に割り込むな、この自己中女っっ!」
手元にあったサンオイルのケースを美鈴に投げつける直美さん。
「あいたっっ、なにすんのよっ! 猛獣女!!」
「ったく、ここにいるとどんどん不愉快になるから、さっさと帰えろう」
「ああ」
まったく、こいつらに出会わせるなんて、ツイてない。
まあ、直美さんの水着姿見られたのは、いい収穫だったけどな。
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