◆7月26日<昼>◆
『約束』
「いろいろ、ご迷惑をおかけしました」
そう言って玄関まで見送りに来た姉貴達に頭を下げる小野寺さん。
あれから姉貴の家に帰った俺達は、一眠りした。
むろん、俺はドキドキしてまともに眠れなかったけど。
姉貴達は俺達が出ていった事に気づいていなかったらしく、その事については何も聞かれなかった。
体調の良くなった彼女に姉貴は「もう大丈夫だな。早く帰って親を安心させてあげな」と帰宅をうながした。
喧嘩して飛び出した家に帰るのは気まずいものだ。
でも彼女は家に帰る覚悟は出来ていたのだろう。素直に姉貴の忠告に従う。
「気にする事ないよ。困った時はお互い様だよ。それにまことの大切な女性だからね。放っておいたらコイツに後々まで恨まれそうだからな」
「姉貴!!」
「あ〜、はいはい。冗談だよ。とにかく、元気になってよかったよ」
「はい。お世話になりました」
ふたたびぺこりと頭を下げる小野寺さん。
「気を付けて帰りなよ」
「失礼します」
そう挨拶して外へ出る彼女。
「それじゃあ、俺、小野寺さんを送ってくるから」
俺も彼女と一緒に玄関を出て、駅へ向かった。
「宇佐美君。今朝の事だけどね…」
小野寺さんは少し真剣な表情で俺に言う。
「あれは、宇佐美君の心の中に仕舞っておいてもらえないかな」
「え? それはどういう…」
俺は彼女の言ってる事がいまいち飲み込めず聞き返した。
「新学期が始まっても、いままで通りの関係でいてもらえないかな」
「ど、どうして?急に…」
「ごめんなさい。わたし…宇佐美君と別れられなくなったら困るから…。それに一緒にいられる時間ってあまりないんじゃないかと思うの。下手すると宇佐美君を傷つけちゃうし…きっと迷惑かけちゃうと思うから。来年の3月には街を出て、たぶんもう帰ってくる事はないって思う。だから…」
少しうつむき加減に目を伏せて話す小野寺さん。
「でも…」
「ごめんなさい。わがままなのは分かってる。わたし、宇佐美君の事、本当に好き。たまらないくらい好きなの。それは信じて。…でも夢を捨てる事はできない。それを捨てたら、わたしはわたしでなくなるから…」
「……」
「ごめんね、宇佐美君」
彼女の声が少し震えてる。俺は思わず彼女の顔を見るが泣いてはいなかった。
だが、なにかを堪えるように辛そうな表情は隠せない。
もしかして、泣くまいとしているのか?
そんな彼女の姿にはっとなる。本当に辛いのは俺なんかじゃない。彼女の方だ。
夢と恋愛に板挟みになって、つらい決断をした彼女の方だ。自分を悪者にして相手を傷つけまいとしている彼女の方が俺の何倍も辛いんだ。
それに気がついた俺は、深く深呼吸すると答えた。
「ああ。分かった。新学期になったら、いままで通りだね」
俺は出来るだけ明るい声で彼女に言う。すんなり受け入れた俺に彼女は少し寂しそうな顔をしたけど、もう一度「ごめんなさい」とつぶやくき再びうつむいてしまった。