■美和編■
6日目【7月26日】


 
 
「俺さ、小野寺さんは弘の事が好きだって思ってた」
「え? どうして?」
「だって、ずっと一緒にいるし、話をしていて楽しそうだし」
「それは幼なじみだから…弘に対してはそれ以上の感情なんてないわ。それに宇佐美君と仲良くなるには弘と一緒にいるしかなかったし…」
「でも、いつだったか、女の子一緒に下校している弘を見て切なそうにため息をついて…」
「それは、幼なじみが次々と恋人を変えるようでは、あきれてため息もつきたくなるわ」

 …って事は全部俺の誤解?

 彼女の思わせぶりな言動の数々は、冗談でも、その場のノリでも、弘に対するあてつけでもなんでもなく、純粋な彼女の気持ちだったなんて…。
 俺がまともに受け取らなかったから、彼女の方も冗談って事にしてしまっていたのか…。

「俺…自分の気持ち、ずっと押さえてた」
「押さえていた?」
「俺さ、好きになちゃいけないってずっと我慢してた。たぶん小野寺さんは弘に対するあてつけで、俺に思わせぶりな事、言っていたって思ってたんだ」
「そんな…私、あてつけで利用するとか、相手の気持ちを踏みにじるような事しないよ」

 少し困惑したような表情で、俺の顔をのぞき込む小野寺さん。

「それでも…俺はいいって思っていたんだ。小野寺さんの側にいられるなら、俺は間抜けなピエロでもいいって」
「宇佐美君…」
「俺、小野寺さんの事、本当に好きだから…。好きだからこそ…俺には好きになってる事を認めたくなかった…俺達三人の関係を崩さない為にはそうするしかないって思っていた。ひとりよがりかもしれないけど…」
「ひとりよがりよ…私の気持ち勝手に決めちゃって…」
「ごめん」
「なんか馬鹿みたいね。お互い相手の気持ち、勝手に決めて誤解していたなんて」
「本当、ごめん」

 ちょっと怒った顔をしていた彼女の顔が、俺の謝罪の言葉を聞いて、せつなげな表情に変わる。

「わたし、ずっと、ずっと好きだったのよ。宇佐美君の事。この町に毎日来たのだって、宇佐美君と一緒にいたかったからなんだよ」

 そうだったのか…。確かにその点は疑問に思っていたけれど…。

 どうして彼女が毎日のようにこんな遠い場所までやって来ていたのか、やっと理解した。
 なんて俺は鈍いヤツなんだろう。

「わたし、来年の今頃はもう宇佐美君の近くにはいられないから…。もう夏を一緒に送る事、できないから…。だからわたし、迷惑って分かっていても、あなたに会いに毎日、この町に来たの。わたし今しか宇佐美君の側にいられない…だから…あっ」

 次第に涙声になる小野寺さん。俺はそんな彼女をたまらず抱きしめてしまっていた。

「俺だって小野寺さんの事…好きだったさ。ずっと、好きな気持ちを押さえて来たんだ。俺、小野寺さんを困らせたくなかったから…でも、全部誤解だったなんて」
「宇佐美君…」

 うっすらと赤く染まってゆく朝焼けの空の下、静かな波の音を聞きながら俺達は抱き合っていた。
 もしかしたらこれは夢なんじゃないだろうか?って本気で思ってしまう。
 彼女の体温が肌を通して伝わってくる。ほのかな石鹸の香り(俺の知らない間にシャワーでも浴びたようだ)静かな吐息、そして心臓の鼓動さえも感じる事ができる。

「ごめんな…。俺、小野寺さんの気持ち、勝手に誤解して、逆に苦しめていたんだね」
「ううん。私がはっきり言わなかったのも悪いから…。だから、もうわたしの気持ち…」

 そう言って彼女は俺の顔を見つめる。そうしておもむろに背伸びをした。

「誤解しないで、受け止めてね」

 次の瞬間、俺達はくちづけを交わしていた。

 重なり合う唇。短い間だったのだろうけど、俺には永遠に感じた。
 ゆっくり顔を離す小野寺さん。彼女の頬が赤いのは朝焼けのせいだけじゃない。
 それを言えば俺も同じだろう。
 そのまま、なにも言えず見つめ合う二人。
 その俺達の目にまぶしい光が飛び込んで来た。

 日の出だ。
 二人で寄り添ったまま海を見やる。まばゆい光に俺達は目を細めて新しい一日のはじまりを見つめていた。

「宇佐美君……わたし今日の事…そして、この一週間のこと…きっと忘れない。…一生、忘れない」

 そうつぶやくと、彼女は再び俺の胸に顔を埋めた。