■美和編■
4日目【7月24日】


 
 
「ほら! そっち行ったわ、宇佐美君!」
「え? 何処?」
「そこよ、そこ。ああ、逃げられた」

 俺達は少しびしょびしょになりながら魚を追いかけるのに夢中になった。冷静に考えると馬鹿げた事だと思うんだけど、凄く楽しかった。

「あ〜あ。なかなか上手くいかないね」
「そりゃ、そうだよ。でもこれならいけるかも」

 俺はおもむろに足元の適当な石を拾って、川をせき止めるような感じで積み上げた。
 即席のダムみたいなものだ。その中央だけ川の水が流れるように開けておく。それほど広い川じゃないからすぐにそれは完成した。

「ほら、ここに小野寺さん立って」
「え? うん」

 俺は堰の水が流れる部分に彼女を立たせる。

「いい? 俺が魚をそこへ追い込むからそこを通った瞬間、捕まえるんだよ」
「あ! なるほどね。わかったわ」

 そう答えて、彼女は魚が入ってくるのに備えて屈む。

「いくよ、そら」

 俺はおもいっきり魚達を追い回して小野寺さんの方へ追い込んだ。そう簡単にいくもんじゃない。ほとんどの魚が足元をするりと逃げていった。
 でも、そのうち何匹かは彼女の足元へと逃げていく。

「それ! …あれ?」

 熊じゃないんだから簡単に捕まえられるもんじゃない。
 彼女の手は何回も水だけをつかんだ。

「今度こそ! えい!」

 勢い良く水につき入れた彼女の手がとうとう一匹の(間抜けな)魚を捕まえる。

「やった!! 見て、見て!! 宇佐美君!! きゃぁ!」

 喜んで俺の方に獲物を見せる彼女だか、魚の方は黙ってはいてくれない。
 暴れて彼女の手をするりと抜けだした。
 それを再びつかもうとする彼女。何度か彼女の手の上で踊った後、そいつはぽちゃんと水の中に逃げてしまった。
 思わず顔を見合わせる俺達。

 一瞬の間の後、小野寺さんは不意に笑い出した。

「あは、あはははは!」
「……ははは…」

 俺もなんとなく愛想笑いを返す。

「あはははは! あはははははは!」
「な、なにがそんなにおかしいの?」
「いや、ごめんなさい…ふふふ…だって、今の、驚いて慌てた自分を想像したらおかしくなっちゃって…ごめんね。せっかく宇佐美君が追い込んでくれたのに」

 笑い涙を指で拭うと、彼女は俺に謝る。

「いや、いいよ。それよりちょっと休まないか?」
「うん」

 俺達はとりあえず岸に上がり適当な岩に並んで腰を下ろした。

「川に遊びに来た時って、他にどんな事して遊ぶの?」
「そりゃ、釣りをしたり、さっきみたいに堰を作ったり…。あと水着があれば、飛び込んだりするな。木にロープくくって、それにぶら下がって滝壺みたいな深い所へ飛び込むんだ」
「うわ、それって怖くない?」
「う〜ん、それは、ちょっとね。でも面白いよ。それと…あとは、こうやって沢蟹を取ったりかな」

 俺は川岸まで行くと適当な石をひっくり返した。中に隠れていた沢蟹数匹がばっと逃げる。俺はその中の一匹を指で摘んで捕まえると、小野寺さんに見せた。

「わぁ。わたしもやってみよう」

 そう言って辺りの石をひっくり返す小野寺さん。俺はたまたま近くに捨ててあったワンカップ酒の瓶に(なんでこんな所にあるんだ?とも思ったが…)いま捕まえた蟹を入れた。
 10分もすると、その中は20匹くらいの蟹で一杯になる。

「ずいぶん獲れたね〜」

 そう言って瓶の中を見る小野寺さん。

「これ、どうしようか? 一応、この蟹、食べられるみたいだけど、持って帰る?」
「え? 食べちゃうの? 可哀相だよ。逃がしてあげよ」

 そう言うので俺は瓶を渡した。彼女は水辺に近づいてそっと瓶を傾けると、沢蟹達をそっと逃がしてやった。
 彼女は満足そうにそれを見送って微笑むと、立ち上がる。

「さ、そろそろ行きましょうか」
「ああ」

 俺は自分のリュックを取る。ついてに彼女のやつも取って渡す。
 そうして俺達は大鶴の滝を後にした。