■美和編■
3日目【7月23日】


 
 
 ちょっと遅くなったという事と、弘の奴が酔っている事もあって、姉貴が二人を家まで送っていく事になった。
 
「弘の事はお前にも責任あるんだからな。一緒に来い」

 という姉貴の命令で、俺も一緒に行くようになった。

「美和ちゃ〜ん」 
「きゃ! 弘! 何するの? ちょっと、どこさわってんのよ! やめてってば!」

 気がつくと後部座席で弘が小野寺さんに抱きついていた。

「なにやってんだよ! 弘」
「へへへ…うらやましいかぁ。悔しかったらお前もやってみい」
「やめれ!」

 姉貴がハンドバックで弘の頭をはたき倒す。

「お前は私と一緒に前だ!」

 そう言うと姉貴は弘のほっぺたを引っ張って連れていく。

「ほれは光栄れす〜、…痛い! 痛い!」
「まったく…大丈夫? 小野寺さん」
「え? うん。なんとか…。お酒が飲めるようになっても、あいつとだけは飲みに行かない方がよさそうね」
「ははは…」

 俺は乾いた笑いで答えると彼女の隣に腰掛けた。

 どれくらい走っただろうか?
 姉貴はただ黙々とハンドルを握ってる。弘は助席でいびきをかいて寝ていた。そして小野寺さんも俺の隣で船を漕ぎだした。
 だんだんと見慣れた景色が窓の外に流れ始める。

「あと15分位だな」

 俺は小さく独り言を言う。

「え? 何か言った?」

 ありゃ、小野寺さんを起こしちゃったみたいだ。

「いや、もうすぐ着くなぁって…」
「そう。今日はいろいろとありがとう。弘には悪いけど、お酒の事、助かっちゃった。私、お正月のお猪口でも酔う位だから。きっと飲んでいたら弘と同じ様になってた所だわ」

 小さな声で静かに話す小野寺さん。

「ふ〜ん。ちょっと見てみたかった気もするけどな」
「え〜、わたしは嫌だな。宇佐美君にそんな所見られるの。あ、それでね。話は変わるけど明日、暇かな?」
「え? 俺? うん、特になにもないけど…」
「明日も、来ちゃっていい?」

 思ってもみなかった言葉に、俺は少し驚く。

「そりゃぁ、かまわないけど…」
「あ、ごめんね。こんなに毎日押し掛けちゃ駄目だよね。忘れて」

 俺が少し言葉を濁した事を気にしたのだろう。小野寺さんは慌てて約束を打ち消した。

「いや、違うんだ。来てくれるのは俺としちゃ大歓迎だけど、小野寺さんのほうが大丈夫かなって思って。ほら、電車賃とかけっこうかかるじゃんか」
「それは大丈夫よ。それに私が押し掛けてるんだからその辺りは心配しないで」
「うん。それならいいんだ。それで、明日も天乃白浜?」
「う〜ん、それもいいんだけど、山に行ってみない? ここにはいいハイキングコースがあるんでしょ? それに川遊びっていうのもやってみたいし…」

 この三本松町には海だけでなく山も有名で、けっこう風光明媚な観光地がいくつかあり、それをつなぐように設備の整った遊歩道が整備されている。
 春や秋には多くのハイカーで賑わうのだ。海水浴だけではなくキャンプ地としても結構有名である。
 そうだな。せっかくそういう所へ来たんだからいろいろ探索してみるのも悪くない。

「Ok〜。じゃあ待ち合わせは?」
「うん。8時20分の電車に乗るから9時半に駅前でいい?」
「わかった」

 そんな会話をしているうちに彼女の家の前まで来ていた。小野寺さんは姉貴に丁寧にお礼を述べると俺に軽く手を振って車を降りた。
 その後、弘が「きもちわるぅぅ…」と口を押さえながら車を降りる(奴の家は小野寺さんの家の隣だ)
 そして一目散に家の中へ駆けていった。

 あ〜あ、大丈夫かよあいつ…。

「やれやれ」

 溜息とともにそうつぶやいて、姉貴は再び車をスタートさせる。

「それで色男。デートに誘われていたようだな?」
「まさか? 弘の奴も来るんだからデートにはなんないさ」
「またまたぁ。弘もつれて来るなんて彼女一言も言ってなかったようだけど?」
「なんだよ! 姉貴盗み聞きしてたのか?」
「車内じゃあ、聞きたくなくっても聞こえてくるだろう?それに、もしあいつを連れていくつもりでも、あの様子だとねぇ…」

 そうか。このままいけばあいつは二日酔い。仕方なく小野寺さんは一人でやって来る。
 うむ〜これはおいしいかも…って、なに勝手の良いこと考えてるんだ俺は。