それから小一時間くらい話をした後、弘と小野寺さんたちは家に帰る事になった。
さすがに、あの後、弘は大人しかった。
「今日はありがとう宇佐美君。楽しかったわ」
玄関先で俺は弘達を見送りに出た。
「さんきゅー、まこと。でも、できれば次回はお前の家の方でやろうや…」
力無く言う弘。姉貴にヤラれたデコピンがよほど応えたらしい。
「あはは。分かったよ弘。それじゃあ、気を付けて帰れよ」
「あっ! あの…宇佐美君…」
「ん?」
小野寺さんが何か言いたげに俺を見る。
なんだろう?
「もう遅いから家まで送っていくよ」
彼女の答えを聞く前に、背後から別の声がした。
姉貴の奴である。
ハンドバックと車のキーを片手に玄関から出てきた所だ。
「いえ、そこまで甘える訳には…」
「やったラッキー!」
遠慮した小野寺さんと、遠慮もなにもない弘。
同時に発した言葉に、お互い顔を見合わせ相手に対して不満の表情をする。
「弘、厚かましいわよ。ご馳走してもらった上に送って頂くなんて」
「いいじゃないか。博子さんがそうしてくれるて言うんだから」
「気にする事ないよ美和ちゃん」
言い合う二人の間に割ってはいる姉貴。
「そうそう気にしなくっていいんだって」
「お前は少しは気にしろ」
弘の頭を軽くこづく姉貴。
「まあ、誘ったのこっちだしね。それにもう真っ暗だしさ。それじゃぁ、ちょっと待ってな」
そう言って姉貴は車庫の方へ行く。
しばらくして姉貴玄関先に車を回してきた。
「さあ、乗りなよ」
ウィンドウを開いて二人にそう告げる姉貴。
「前の席とった!」
そう言うと弘はさっと助席側にまわるとそこに座った。
まったく、あいつは子供か…。
それを見て苦笑していた小野寺さんはゆっくりと後部座席のドアを開ける。
「あっ…あのね、宇佐美君」
「ん?」
そうだ! さっき彼女は何かを言いかけたんだった。
「明日は暇?」
「え? ああ、特に用事はないけど…」
「明日も、来ちゃっていいかな?」
思ってもみなかった言葉に、俺は少し驚く。
「そりゃあ、かまわないけど…」
「あ、ごめんね。こんなに毎日押し掛けちゃ駄目だよね。忘れて」
俺が少し言葉を濁した事を気にしたのだろう。小野寺さんは慌てて約束を打ち消した。
「いや、違うんだ。来てくれるのは、俺としちゃ大歓迎だけどさ、小野寺さんのほうが大丈夫かなって思って。ほら、電車賃とかけっこうかかるじゃん」
「それは、大丈夫よ。それに私が押し掛けてるんだからその辺りは心配しないで」
「うん。それならいいんだ。それで、明日も天乃白浜?」
「う〜ん、それもいいんだけど、山に行ってみない?ここにはいいハイキングコースがあるんでしょ?それに川遊びっていうのもやってみたいし…」
この三本松町には海だけでなく山も有名。けっこう風光明媚な観光地がいくつかあり、それをつなぐように設備の整った遊歩道が整備されている。
春や秋には多くのハイカーで賑わうのだ。海水浴だけではなくキャンプ地としても結構有名である。
そうだな。せっかくそういう所へ来たんだからいろいろ探索してみるのも悪くない。
「Ok〜。じゃあ待ち合わせは?」
「うん。8時20分の電車に乗るから9時半に駅前でいい?」
「わかった」
「ゴホン! 話は終わったかい?」
わざとらしく咳払いして姉貴が口を挟んだ。小野寺さんは少し顔を赤らめ、慌てて車に乗り込んだ。
走り去る姉貴の車を見送りながら、俺は小野寺さんの事を考えた。この三日間毎日この三本松町にやって来た彼女は、明日も来ると言う。
もしかして俺と一緒にいたくて…。まさか、まさか。
一瞬考えて否定する。
それに明日は弘も来るんだろうしな。
仮に彼女が俺と一緒にいたいとしても、わざわざ遠い場所にいる時に、一緒にいようとしなくてもいいじゃないのか?
あと数日もすれば彼女と同じ街に帰るんだから。
やっぱり、ここの自然が気に入ったんだろうな。うん、そうに違いない。
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