◆7月21日<夕方>◆
『夕焼けの海』
夕焼けが、人の少なくなった海岸を赤く染めていた。
いつまで経っても戻ってこない弘に、いいかげん待ちきれなくなった俺たちは、ビジターセンターで着替えて、再び浜辺に戻って来たのだ。
もう少し待って、弘の奴が帰って来なかったら彼女を駅まで送っていこう。
俺たちは階段状になったコンクリートの中程に腰掛けて夕景の海を眺めていた。
「綺麗〜」
頬杖をついて目を細めて夕日を見る小野寺さん。
「なんだか淋しいね。さっきまであんなに人がいたのに…」
サーファーが数人、波を待ってる以外は海で遊んでる人はいなかった。
帰る準備をしている親子連れ。パラソルをたたみケースに入れる姿、シートを波打ち際で洗って折り畳む。ボートの空気を抜いたり、足を洗ったりとせわしく後かたづけをしている。
俺たちのように夕景を楽しんでるカップルが4組、それに波打ち際で愛犬と遊ぶ若い夫婦。
あとはビーチのスタッフがゴミなどを集めているくらいか。
「さっき、溺れそうになって驚かしちゃったね。ごめんなさい」
「あれはちょっと焦ったな」
「わたしね。海で泳いだのって今日が初めてだったの」
「え?」
俺は少し驚いて彼女の顔を見る。
「ずっと昔に一回、親にね、海に連れて来てもらった事があるんだけど、そのときはまだ小さかったから海には入れてもらえなかったの」
「じゃぁ、海に遊びに来たのって、今回が初めてみたいなもの?」
「うん。あんなに波が力の強いものだったなんて知らなかったな」
少し恥ずかしそうに言う小野寺さん。
「こう言っちゃぁなんだけど、めずらしいね」
「そうでしょ? わたし海で遊ぶのってけっこう憧れていた。だから無理言って弘について来ちゃったんだ」
「どう? 楽しかった?」
「そうね〜、まだ少し物足りない感じがするかな?」
「う〜ん、今日はあんまり時間がなかったからね」
「それでね、もし良ければ明日もつき合ってくれないかな? 宇佐美君」
「え? 明日も? 俺はかまわないけど、その、交通費とか大丈夫?」
「うん、大丈夫。どうせ弘も暇してるんだから、今度こそ三人で遊びましょ」
「悪い! 悪い! 待っていてくれたのか?」
声に振り向くと弘が走りながらこっちに向かってきた所だった。
「あのなぁ、どういうつもりだよ。小野寺さんをほったらかしにして」
俺は少し怒って言うが、弘はさほど気にしていないらしく愛想笑いをうかべながら弁解する。
「いやぁ、まことがいるから大丈夫だと思ってさ」
「そういう問題じゃないだろう!」
「いいのよ宇佐美君。どうせこんな風になるんじゃないかって思っていたわ。それに弘がいなくたってじゅうぶん楽しかったから。こんな奴放っておいて、帰りましょ」
そう言って弘に向かってあっかんべーをすると、俺の腕をとって浜辺を出る小野寺さん。
う〜ん、腕を組んでくれるのは嬉しいんだけど…なんかダシに使われているようで素直に喜べない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! ごめん、悪かった。謝るからさぁ」
慌てて俺たちの後を追う弘。それでも無視して歩く小野寺さん。
「な、お願いだから、なぁ。なぁ。頼むよ。許してくれよ美和」
拝み倒す弘に、とうとう小野寺さんは立ち止まって振り向く。
「じゃぁ、わたしのお願い聞いてくれる」
「ああ。聞いてくれる、聞いてくれる」
「明日も私をここに連れてくる事。今日の埋め合わせをしてもらうわ」
強い口調でいう彼女。弘は一瞬考えた後、了解の返事を返えした。
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