Marine Blue Serenade
■7日目■
【 朝 / 昼 / 夕 / 夜 】
◆7月27日<朝>◆
『海を去る日』
とうとう俺が家に帰る日がやって来た。姉貴達に別れを告げてバス停でバスを待つ。
振り返れば長いようで短い旅行だった。楽しい事もあったし辛く悲しい事もあった。しかし今回の旅行は俺の今までの人生の中で、最も輝いていた一週間だったのかもしれない。
「まこと君」
「あ、優紀さん…どうしたんですか?」
俺の前に優紀さんの運転するベンツが止まる。
「少し話があるの。いいから乗って」
「え?」
俺は優紀さんに言われるまま車に乗り込んだ。俺が助席に座ると同時に彼女は車を出した。無言でハンドルを握る優紀さん。俺は彼女の言葉を待っていた。
「美鈴お嬢様は私にも内緒で空港へ向かったわ。まこと君、止めるなら今しかないわよ」
とうとう、フランスに発ってしまうのか…。
俺は複雑な思いで優紀さんを見る。彼女は少し不機嫌そうにハンドルを握っている。
自分に黙って、美鈴が出ていった事に、少し腹を立てているのかも知れない。
「でも、俺に美鈴を止める権利なんてないですよ。美鈴がこの国にいるのが辛いって思ってるなら、彼女の望むようにしてあげた方がいいと思います」
「確かにそうかもしれないわね。でも、私はまこと君に、ここであきらめないで欲しいな。君自身の気持ちはどうなの? 美鈴お嬢様と一生、会えなくなっても平気なの?」
「もちろん、平気じゃないですよ…。でも、俺の希望だけで、彼女の人生を決めるなんて事はできません」
日本での生活にずっと苦しんできた美鈴。フランス行きは悩んだ末に出したあいつの結論。
それを止めろだなんて、俺には言えない。あいつが苦しんできたのをよく知っているから。
「まこと君は美鈴お嬢様に幸せの形を押しつけてるわ。自分の気持ちを相手に伝えることは大切よ。そのときにどう判断するかは美鈴お嬢様が決める事。彼女に選択肢を与えてあげて」
「でも、俺が一緒にいてあげても幸せにしてやれるかっていうのも分からないし…」
「いい? まこと君。美鈴お嬢様がどういう選択をしようと自分で選んだのだから自分の責任なのよ。今までは自分で道を選ぶ事のできなかった彼女に、それをさせてあげるの。それだけも幸せな事じゃないかしら?」
「……」
確かに優紀さんの言う通りだ。俺はなにも美鈴に強制している訳ではない。自分が「行かないで欲しい」と願っているという意志を伝えるのであって、決めるのはあいつの判断だ。
あいつは、迷っていた。
俺が望めば日本に残ってもいいとも言っていた。
とにかく最後まで、彼女に俺が出来る事をやってみる必要があるのかもしれない。
「とにかく、残念ながらあんまり時間がないの。空港に向かうわ。どうするかは走っているうちに決めてね」
そう言ってアクセルを踏み込む優紀さん。
俺は車の窓から海を眺めた。この海に来て、偶然、美鈴と出会って、喧嘩して、デートして、笑って、泣いて、怒って。雨の日の告白。最後の夜の口づけ…。金髪のすこし癖のある髪、少しだけ蒼い瞳。寂しさを隠した小さな肩。いつも俺につっかかっていた声。
美鈴…。
彼女とはもう二度と会えないかもしれない。腐れ縁ながらも十年以上、俺の近くにいた彼女。
俺が守ってあげれなかった少女。本当にこのまま別れて俺は後悔しないのか?
|