■美鈴編■
6日目【7月26日】


 
 
 食事が終わって俺達は誰もいない甲板に出た。
 美鈴の金色の髪が海風になびく。

 二人は並んで海を見つめた。

「ねぇ、見て。月夜の海って幻想的って思わない? 私、月明かりの海って好きなんだ。光の絨毯が暗い海に広がって、キラキラしてる」

 美鈴に言われて思わず息を飲んだ。

 月の優しい光が海面に水平線まで帯を作っていた。船が動いているからその帯の周辺には波に反射された月の光がキラキラと輝いている。静かで幻想的な光景に俺は魅入られた。

「美鈴…」
「あたし、まことにずっと嫌われているって思ってた。親切にしてくれるのは、まことが誰にでも優しいから…腐れ縁だから仕方が無く構ってくれているんだと思ってた」
「別に誰にでも優しいって訳じゃないぜ、俺は」
「…じゃあ、どうして私なんかに優しくするの? …なんで、まことはあたしの事掛け値なしに見る事ができるの? …まことが冷たくしてくれたならこんな気持ちにならずにすんだのに」

「それは…お前の事、気になるから…。それは、たぶん、本当は俺が美鈴の事が好きだから…」
「馬鹿よ、まことは。私みたいな面倒な女、好きになるなんて…。でも、私はもっと馬鹿よ!そんな馬鹿を好きになるなんて…たまらなく好きだなんてっ!」

 そう言うと、美鈴は俺の胸に顔を埋めた。美鈴の頬を涙が次から次へと流れ落ちる。

「それをいまさら解り合えるなんて…いまさら素直になることが出来るなんて…もう会えないのに! もう一緒にいる事は出来ないのにっ!」

 涙を流しながら、必死に想いを伝えようとしてる美鈴が、とても愛おしく思えた。

 あの美鈴が俺に心を開いてくれた。
 俺はそのことだけでも胸がいっぱいになった。自然と俺は美鈴の背中に手を回して彼女を抱きしめる。

「仕方がないさ。美鈴には幸せになってもらいたから…本当に好きな相手には辛い思いはして欲しくないから。だから、もういいさ」
「あたし…あたしホントは、まことと別れるのも辛いよ。やっと解り合えたのに…恋人同士になれそうなのに…嫌よ。一緒にいたい。別れたくない。腐れ縁でもなんでもいいまことの側にいたい」
「でも、残念だけど、俺も美鈴はフランスに帰ったほうが幸せになれると思う。日本にとどまっても今のままじゃ…」
「違う。あんたがいるから。あたしあんたが望むなら、このまま日本に残ったっていい」
「そうだな…でも、俺には自信がない。美鈴の親とかまわりの連中からこの先ずっと守ってやれる自信が…俺にはなんの力もない」
「…そう…ね。無理な話よね」
「ごめん」
「いいよ。あたしも好きになった人に無理はさせられないもの。でも、せめて、お願い」
「なんだ?」
「…まこと…私、まことの事、一生忘れない。まことと出会って今までのことも、この海での出来事も…だからお願い。私の事、忘れないで…」

 美鈴が俺の顔を見上げ、目をつぶって押し黙る。
 俺は彼女の気持ちをほぐすように優しい口づけを交わした。たぶん最初で最後になるであろう愛しい人とのキスを。
 淡い月明かりに包まれながら…。