「まこと君、よ〜く聞いて。美鈴お嬢様は明日、誰にも内緒でフランスに発つわ。そして、たぶんずっと日本には帰っては来ないつもりみたいよ」
「え? そ、それは、どういう…」
いきなりの内容に俺は言葉を詰まらせる。美鈴がフランスに帰ってしまうなんて…それで最後のお願いとか言っていたのか。
「美鈴様は、フランスのお婆さまに助けを求めたの。日本での生活に疲れたっておっしゃてたわ。昨日の事件がいい例よ。あの娘の親は美鈴様を利用することしか考えてないの。それに彼女には心を許せる友達もいないしね。結構、自分の中で苦しんでたみたいなの。その事を聞いてお婆さまは美鈴様に自分の元に来て生活する事を許した」
「そ、そうなんですか…だから最後って…」
「まこと君。美鈴お嬢様に、せめて最後くらいは日本でのいい思い出を作らせてあげて。わたしは今のお嬢様になにもしてあげれない。でもあなたなら…」
「……」
優紀さんもなんだかんだ言いながら美鈴の事、本気で気にかけていたんだ。やっぱり俺と同じくずっと一緒にいたから、美鈴のわがままの中に裏付けされた哀しみ、痛みの理由を感じていたんだ。
これは絶対、美鈴に会わなくちゃ。会ってどうする事も出来ないけど…俺に美鈴を止めるなんて権限はないのはわかってるから、せめて今夜だけでも、精一杯、優しくしてあげよう。
これで、ずっと側にいてあげる事は出来なくなったけど、せめて今夜だけでも…。
「それにしても驚いちゃったわよ、昨日は。まこと君があのお坊っちゃんを殴るなんて。さすが、博子の弟よね」
「あれ?姉貴を知ってるんですか?」
急に姉貴の名前が出てきたので、驚いて優紀さんの顔を見る。
「ええ。まぁね。黙っているつもりは無かったんだけど、言う機会もなかったから。博子とは高校、大学と一緒だったわ。友達でもありライバルでもあったのよ」
なんともまぁ。じゃぁ、前から俺のこと知っていたのか…ってライバル?
「ああ! パーティーの時、好きな人って言っていたの、やっぱり…」
「そう、康太郎さん。あなたのお姉さんったらひどいのよ。私が先に好きになったのに、いつの間にか横取りしてて…」
げげげ〜! こんなのアリか? なんだか騙されたというか…。まさか、その恨みを俺に…思わずたじろいでしまった。
「なに? そんなに怯えた顔しなくていいわよ。別にまこと君の事どうこうしようなんて思ってないわ。私、彼女達が結婚した時点で負けを認めたの。まあ、この間は康太郎さんの顔を見て少し感傷的になってだけどね」
「…優紀さん」
涼しい顔で言う優紀さん。でも本当は割り切れてないんじゃないかな。
なんとなくそんな感じがした。
「じゃぁ、それとも、お姉さんの埋め合わせをまこと君がしてくれるのかしら?」
えええ!?
ちょっと、優紀さん流し目なんか使って…これって誘惑?
た、確かに優紀さんは美人で魅力的だけど…。
俺はどう答えていいかわからず、しどろもどろになってしまった。
「ふふふ、顔を真っ赤にしちゃって、かわいい。冗談よ」
「…あ、あんまり純真な高校生をからかわないでください」
なんだからかわれただけか…。なに期待しているんだよ俺は〜。
きっと今、真っ赤っかだぞ。俺の顔。
「ごめんね。でも、博子の奴、何処で情報を仕入れてきたのかしら。パーティーに私も出席するなんてよく知っていたわね」
「え? 姉貴がその事を知ってた?」
「まこと君。パーティーについて行きなさいって博子から言われたんじゃないの?」
「ああ! そういえば…ってことは、もしかして姉貴の奴俺を見張り役に!?」
「たぶんね。さすがに妻の実弟が一緒に来てると康太郎さんも浮気できないでしょうし、私に対する牽制の意味もあったんでしょうね」
「かぁぁ! そうだったのか!」
姉貴のいつも以上に強引な言動の裏にはそんないきさつがあったのか。急にパーティに同伴しろなんておかしいとは思ったんだ。姉貴の奴、そんなに心配なら自分がついていけばよかったじゃないのか?
「まぁ、実際は取り越し苦労なんだけど、博子らしいといえば博子らしい」
まったく、なんてことだ。俺の知らない所でそんな人間関係があったなんて。
またしても姉貴、俺を利用しやがったな! 帰って文句言ってやる。
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