■美鈴編■
6日目【7月26日】


 
 

◆7月26日<夕方>◆
『大野宮友憲』



 優紀さんにお茶をごちそうになった後、俺はお土産を買いに駅前にやってきた。とりあえず両親の分と岸田の奴、それに小野寺さんに買って帰ってやるか。
 さ〜て、駅前だ。バスを降りて、あらためて駅前を見渡す。初めてこの駅に降り立って、もう一週間、過ぎてしまったんだな。

 この町とも明日でお別れかぁ…。
 少し名残惜しい。


「ほ〜う! これはこれは凡人君」

 俺の横に運転手付きのプレジデントが停まる。後部座席の黒いフィルム張りのウィンドゥが開いて、中の人物が俺に声をかけた。

 げげげ〜! 大野宮じゃないか。

「こんな町中で、殴られた仕返しか?」
「ふん!自惚れるな。お前みたいな人間に殴られたとあっては大野宮家の恥だ」
「そうだろうな。気も失ったし…」

 俺はあくまで余裕の表情で答える。しかし内心、かなりびびってるのは確かだ。
 大野宮の方は、今の言葉に頬をひくつかせてる。

「貴様!! …まあいい。昨日の事は忘れろ。僕も忘れてやる! もう僕の前に姿を現さないでもらおうか」
「ああ。そうだな。お前が美鈴にちょっかいかけなかったらそうしてやる」
「ふん! 貴様がなんて言おうと美鈴は僕のものだ。いくら貴様が邪魔してもそこは譲らない」
「そうかよ」

 関係ないや。美鈴がフランスに発つと知った今、そんな挑発は無意味なのにな。

「ああ! 貴重な時間をこんな凡人の為に裂いてしまった。いいか? 二度と僕の前に現れるなよ! 次は容赦しないからな!」
「へいへい」

 俺が適当に答えたが、奴はそれを肯定と受け止めたみたいで、満足げに笑うと運転手に合図する。そして奴の乗ったプレジデントは走り去って行った。

 ふう…。

 なんとか最悪の結果は避けられそうだな。あのお坊ちゃまのつまらないプライドにこんな形で助けられようとは…世の中って不思議ものだ。