◆7月24日<夜>◆
『愛情報酬4』
あの後、俺は姉貴の家に帰る気にもなれず、駅前をしばらく彷徨った後、再び臨海公園に来た。
もう美鈴の姿は見あたらない。あのまま一人で帰ったのだろうか。
空は黒から青へのグラデーション。水平線にわずかに残った赤が美しい。街灯の光が人気のない遊歩道を照らしていた。
俺は海沿いのフェンスに寄りかかり今日の事を考えていた。
俺が女性を打つなんて…罪悪感が心に満ちてくる。
でも美鈴から金を渡された時、美鈴にとって俺って、金目当ての取り巻き連中と一緒だったのかと悔しかった。
別に美鈴に特別扱いされたい訳じゃないけど、少なくとも俺はあいつを”綾部美鈴”という一人のクラスメイト…いや女の子として見ていたつもりだ。
それをあいつは分かってくれていたと信じていたのに。
ただの俺の思いこみだったって訳だ。
「まこと! なにしてるんだよこんな所で! 世話焼かせるんじゃない、まったく…ん?」
「姉貴…」
夕食の時間になっても帰ってこない俺を探しに来たのだろう。俺は言い訳をする気にもなれず姉貴を一瞥すると再び海のほうに顔を向けた。
「何かあったのか? まこと」
「いや、別に…」
怪訝そうに見る姉貴に俺は首を振る。
「なにがあったのか話してみろ。誰かに聞いてもらいたいんだろ?」
そう言うと俺を諭すように肩に手を置く。
姉貴の奴、こういう時は妙に敏感なんだよな。
俺は観念して、今日一日の出来事を姉貴に話した。
「う〜ん。確かに女の子に手を上げたのは感心できないが、人と言うのはな、誰かが本気で叱ってくれるまで自分の悪い点に気付かない事もある。私もその状況だったら相手の為にたたいていたかもな」
「でも俺は思わずカッときて手を上げてしまったんだ」
「じゃあ、なんでカッと来たんだ? 美鈴って子が憎いからか? まことのわがままを聞かなかったからか? まことはその女の子があまりに勝手な事を言うから怒ったんだろ? まことがその子の事を何とも思ってなかったらカッとはこない」
「…そうかもな。俺、あいつを放っておけないんだよ。普段はわがままで意固地で自意識過剰でどうしようもない女だけど、それは自分の親や周りの人間に対する意地なんだ。利用され裏切られてきたあいつの…。そんな奴らに必死で負けまいとしている美鈴を俺は放っておけないんだ」
「まこと…お前、その子の事が好きなのか?」
そう言われて、俺はドキリとした。好きなのか?
俺はこの海で美鈴に逢って何度も自分に聞いた言葉だ。
「まだよくわからない。会えば口喧嘩ばかりだし、俺はただ同情してるだけなのかも知れない。同情と愛情は違うだろう?しょせん、自己満足に過ぎない。何かしてあげたくても、でも俺があいつにしてやれる事なんてないし…」
「馬鹿だな。美鈴ちゃんの為に何かをしてあげたいんなら彼女の側にいてやるだけでいいじゃないのか?」
「そんなのただの同情だよ」
「同情なもんか。側にいて話を聞いてあげて、時には手を取って涙を拭いてあげて、それだけでもどれだけ救いになるか…。それだけでも人は他人の心の支えになることが出来るんだ」
「…でも、俺は美鈴の支えになるどころか傷つけてしまった」
「大丈夫だ。フォローさえしっかりしておけば彼女も解ってくれるさ」
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