「宇佐美…」
呼ばれて振り向くと、そこには美鈴が立っていた。少し遠慮がちに俺達の方を見ている。
「美鈴…。あのさ、姉貴、悪いけど…」
「先に帰って、夕飯温めておくからな。まこと、しっかりやれよ」
姉貴は俺の肩をたたいてウインクをすると公園を出ていった。それと入れ替わるように美鈴が俺の前に来る。
「今の人は…?」
「ああ。俺の姉貴だよ」
「そう…あの…」
「ごめん! 美鈴。痛かっただろう?」
どんな状況であろうと、男として最低の部類に入る行為をしてしまったんだ。
とにかく俺は美鈴に会って一番最初に言おうと思っていた事を口にした。
「なんで先に謝っちゃうのよ。私の方こそゴメンなさい。また、こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど…あたし、宇佐美を試したの」
「試した?」
「あ、あたし、いつも人に裏切られてばっかりだから…宇佐美が本気であたしの事を考えてくれているって事がどうしても信じられなくて、お金目当てに私に媚びを売ってるだけじゃないかって不安になって、それで…それで…」
美鈴は必死に涙をこらえているようだった。無理に笑顔を見せようとしているが肩が震えているのがわかる。
「嫌な女よね、あたしって…。宇佐美が…まことがあたしを掛け値なしに気にしてくれてた事、わかってるのに。まことはあたしのお嬢様という肩書きや、お金持ちっていう色眼鏡で見たりしない。あたしの事をまっすぐ見てくれる人だってよく知ってるのに。なのに、あたし…あたし……」
思わず言葉を詰まらせる美鈴がいじらしかった。
「いや、美鈴の気持ちは分かるよ。さんざんな目に遭って来たんだからな。俺だってお前の事、常に真っ直ぐな気持ちで見てやれていたとは言えないし、本心はともかく、お互いに会うたびに口喧嘩ばかりだったものな。不安があって当然さ」
「あたし、確かめたかったの。まことが本当にあたしが思ってるような人なのかどうかって事。また裏切られるんじゃないかって思ったらどうしても怖くて、なにか証明が欲しかった。だから試すようなことしちゃったの。ごめんなさい、あんたを信じきれなくってこんなことしちゃって。怒るのは当然よね」
「もういいよ。俺もさ、お前のそういう不安、分かっていたくせにカッとなちゃってさ。軽率だったよ」
「許してくれるの」
「もちろんだとも」
「うん、ありがとう。まこと。でも、あんたがあんなにも本気で私に対して怒ってくれて、本当はとても嬉しかったよ」
「なんだよそれ」
「あたしのことで、あんなにも熱くなってくれているって思ったらちょっと嬉しかったよ」
「でもさ、もう止めてくれよ、試すなんていうのは。もう一度言っておくぞ。俺はべつに美鈴がお金持ちだからとかお嬢様だからとかでつき合っているんじゃないから。お前の事は一人の女の子として見ているつもりだからさ、おまえもそのつもりで俺に接してくれ。それとすまなかった。叩いたりして」
俺は美鈴の頬にゆっくりと手を当てた。俺が叩いた跡が少し火照っている。
「うん。もう疑うような事、しないよ。今日の事でよく分かったから。ありがとうまこと。ホント、ありがとうね…」
美鈴は頬にあった俺の手に自分の手を添えて顔を埋める。彼女の涙が幾筋も俺の手のひらに流れた。