■美鈴編■
4日目【7月24日】


 
 
 俺達は夕暮れの臨海公園にやってきた。夕日の淡い赤が夏の一日の終わりを告げていた。
 カナカナカナとひぐらしの鳴き声が聞こえる。
 なんだかんだ言って結局、今日一日、美鈴とつき合ってしまったなぁ。

「うわぁ、海一面が真っ赤。夕焼け、綺麗ね」

 美鈴がフェンスから身を乗り出すような格好で、海に沈もうとしている夕焼けを見つめていた。
 
「ここで沈む夕日を眺めるのも、もう何回もないのね」

 少し寂しげに小さくつぶやく美鈴。

「お前も、週末には、向こうに帰るのか?」
「え? …あ、うん。たぶん明々後日にはここを発つ予定」
「じゃあ、俺と一緒じゃん。俺も明々後日だぜ」
「そうね…」

 答える美鈴の声に、気のせいか、さっきまでの覇気が感じられない。こっちで会ってから、美鈴は時々、こうなる時がある。学校では突っかかってばっかりなのに、ちょっと違和感を感じずにはいられない。

「どうかしたのか? 美鈴」
「え…? ど、どうもしないわよ。ただね、ここって…天乃白浜の海って私、昔から大好きだったの」
「昔からって、昔もよく来ていたのか?」
「うん。夏休みになる度にね。私、学校嫌いだったし、家もあまり好きになれなかったから、毎年、ここに来ることだけが楽しみだったの」
「毎年来てたのか?」
「うん。ここってお父様の生まれ故郷なのよ。だからこの街に別荘を建てたの。お父様はめったに使わないけどね。ここに来ることは私にとっても、夏休みの間、私の面倒を見なくてはいけなかったお父様にとっても、好都合だったのよ」

 少し自嘲気味に言う美鈴。そして俺の方にくるっと振り向き、こちらを見る。

「それにしてもさ、本当にあたし達って腐れ縁よね。あんたの姉さんがたまたまこの街に嫁いでいて、私は別荘を持っていた。しかも、同じ時期にこの海に遊びに来ている。そしてたまたま出会った。考えてみると凄い偶然よね」
「運命の赤い糸ってヤツか?」

 俺は少しおどけて言ってみる。

「ば、馬鹿言ってるんじゃないわよ。きっと因縁とか呪いの類よ、きっと」
「俺もそう思う」
「なによぅ!! それ嫌味?」
「あのな…お前が言い出したことだろ!」
「少しは否定しなさいよ、馬鹿」

「でも、お前も物好きだよな。偶然出会ったにしても別に一緒にいることないだろうに」
「それはあたしの台詞よ。あんたのほうがあたしに関わろうとしてるんじゃない?」
「馬鹿言え。今日だってお前が連れ回したんじゃないか」
「なによ! 楽しくなかったっていうの?」
「ああ。散々連れ回されて疲れたぜ」

「これだからあんたは馬鹿なのよ! あんた程度の男があたしみたいな美人とデート出来るなんて一生ないわよ! あたしが相手しなきゃ、女の子から全然相手されないくせに」

「お前だって、俺が相手してあげなきゃ、まともな男からは相手にされないじゃないか!」
「あんた、もしかして、自分がまともな男だと思ってるの?」
「おまえこそ自分が美人って思ってンのか?」
「もちろん、思ってるわよ」
「言い切りやがった…」
「あんたがそう思わないのは、あんたにセンスがないからよ、だいたいね」

「待った!…もう止めようぜ」
「なによぅ、逃げる気」
「なんかもったいないだろ? こんな時にまでいがみ合うなんて」
「あ、…うん…そうね。せっかくの綺麗な夕日なのにね。あんたと話してるといっつもそう。罵り合いになっちゃうわね。けど…」
「けど…?」

 美鈴は寂しそうな表情を浮かべていたが、不意にすこし微笑んで俺の顔を見る。

「こんなふうに本音で話せるの、あんただけよ」
「え?」
「あたしって性格悪いから、どうしても嫌味になっちゃうのよね。でも、言いたいことを言ってもあんたはいつも本気で受け止めてくれた。だから、いつだってあんたの前では素直な気持ちが出せた」
「な、なんだよ急に」

「あんたとの口喧嘩も、本当は嫌じゃなかったよ私」
「…どうしたんだ? やっぱ、今日は変だぜ、お前」
「もし…もしもよ、あたしがあんたの前から消えてしまったら、あんたはどう思う? あたしたちの腐れ縁がなくなってしまったら?」
「ああ、清々するね。これ以上振り回されないで済むと思うと」
「宇佐美! あたしは真面目に聞いてるの!?」
「…ったく、なんなんだよ、いったい」
「いいから答えなさいよっ」

「…そうだな。まぁ、寂しくはなるかな?」
「それだけ?」
「それだけって言われても、よく解らないさ。どう感じるかなんて、実際、お前がいなくなってしまわないと」
「…そうよね」
「お前、まさか馬鹿な事、考えているんじゃないだろうな。何もかもが嫌になって自殺しようと思ってるとか…」
「な、なに言ってるのよ。だから、もしもって言ったでしょ?」

「じゃあ、お前の方はどうなんだよ」
「え?」
「だから、逆に俺がお前の前から姿を消したら、どう思うんだ?」
「…それは…しょうがないってきっと思う。みんな、けっきょく離れて行ってしまうんだから。あたし嫌われ者だって自覚してるから、あんたが急に私の前から姿を消しても、不思議に思わない」
「…それだけかよ」
「そうね…」
「寂しいとかすら思わないのかよ」
「…思わないわけ…ないじゃない…。腐れ縁でもなんでもいい。嫌な奴だと思われていてもいい。寂しい思いなんてしたくないわよ」
「美鈴…」
「他の人たちなんてどうでもいい。でもあんたがいなくなったら、あたし誰にも本当の自分をさらけだせなくなる。誰にも理解してもらえなくなる。本当は…本当は私、あんたがいなくなるなんてすごくつらい。それこそ生きていけないって思うほどつらいわよっ!あんたが居なくなっちゃったらっ」

 美鈴の意外な言葉に俺は驚く。
 美鈴はそのまま黙ってうつむいた。

「…ご、ごめんなさい。あたし変なこと言っちゃって。気にしないで」
「美鈴、なんだか知らないけど、大丈夫かよ」
「あたしは大丈夫よ。綺麗な夕景を見てちょっと気持ちが高ぶっただけよ」
「なにかあるんなら、相談にのるぜ」
「うん、ありがとう」

 夕日に映える美鈴の表情。いつもと違う態度。意外な言葉。
 それらに釈然としないものを感じながらも、俺達は黙ったまま海の向こうに消えゆく夕日を見つめ続けた。