■美鈴編■
4日目【7月24日】


 
 
「お会計は1450円になります」
「えっと…」

 財布を覗く美鈴を俺は制して、自分の財布から2000円を取り出して店員に渡した。

「ちょ、ちょっと私が出すわよ、これくらい」
「いいよ、別に」
「貧乏人から出してもらったら、後味、凄く悪いもの。無理するんじゃないわよ、はい」

 そういって万札を一枚、俺に渡す美鈴。

「なんで万札なんだよ」
「これしかないからしょうがないじゃない」
「…どちらにしても、いいよ。もう払っちゃったから」

「だから、あんたにやるって言ってんの。釣りはいらないからとっておきなさいよ」
「ったく、いいよ。こんな時は男に格好つけさせるもんだぜ」
「馬鹿男、無理したって格好よくないわよ」

「あのなぁ、デートの時、彼女に奢られっぱなしなんて、男として情けないだろ? 頼むからここは払わせてくれよ」
「デートじゃないわよ! あんたは私のお供として一緒にいるだけだからね!」
「はいはい。もうなんでもいいから、そのお札、仕舞いなよ」
「ったく、しょうがないわね。あとで返してって言っても聞かないからね」

 口ではぶつくさいいながらも、ちょっと嬉しそうな美鈴。
 まぁ、こいつの場合、奢ることはあっても、奢られることは少ないだろうからなぁ。

「それでは番号札を持ってお席でお待ちください」

 俺は札を受け取ると、美鈴を連れて客席の方へ移動した。


「あ、美味しい。けっこういけるじゃない。こういうのってなんか安っぽい感じがしたけど、なかなかのものね」
「…やっぱ、初めてじゃんか。こういう所くるの」
「あ…。だって仕方が無いじゃない」
「ま、華麗なる美鈴お嬢様は、普段、こういった庶民の食べ物なんてお召し上がりになられないでしょうけど」
「な、なによそれ! そんな言い方しないでよ!」
「冗談だってば、本気で怒るなよ。でも、佐竹たちと一緒に食べに来たりしなかったのか?」
「うん。…当然じゃない。佐竹達はあたしの財布をあてにしていたのよ。こういった自分たちの財布でも間に合うような場所になんて行かないわよ」
「なるほどな」

 うつむき加減に眉をひそめて言う美鈴。

 そうか…、金づるがあるのにわざわざファーストフードで済ませようなんて思わないものな。意地汚いっていうか、容赦ないっていうか…。

「でも、あんたってつくづく変なヤツね」
「あ? なにがだよ」
「あたしと一緒にいて、あたしに奢るだなんて」
「なんだよ、別にいいだろ? あいつらみたいに金目当てでつきあっているんじゃないんだし」
「ホント馬鹿ね〜あんたってば」

 そういった美鈴の言葉には刺がなく顔は少し微笑んでいた。

「うるさいなっ」
「でも、他人に奢ってもらうなんて初めてだから、変な気分よ」
「奢るばかりじゃなくて、たまには奢られとけよ」
「うん。…あは、ちょっと嬉しいカモ」
「な、何言ってンだよ。たかがハンバーガーだろ?」
「でも、嬉しいよ。あんたの気持ちが…」

 恥ずかしそうにはにかみながら、そういう美鈴に俺はドキリとする。

「な、なんだよ、気持ち悪いな」
「気持ち悪いはないでしょっ! せっかく人がお礼言っているのに!」
「いつもの調子で、「奢られて当然ね、おほほほ!」って言っていればいいんだよ」
「そんなこと言わないわよっ!」
「いいから、とっとと食え」
「ったく、わかったわよ」

 危ない、危ない。
 なに俺は美鈴相手にドキドキしてるんだよ。
 とにかく、こんな事で喜んでもらえるなんて安上がりだよな〜。お嬢様のくせに。
 でも、こうしてハンバーガーを食べてる所なんか見ると、美鈴もやっぱ普通の女の子だよなぁって思うよな。ホント、金髪碧眼な部分を除いても十分美人…っていうか可愛いし。
 それにこういう場所って、なんか本当にデートっぽいじゃないか…って、だから、なに考えてんだよ俺は!

「なによ、人のことじろじろ見て。あんたの方こそ気持ち悪いわよ」
「え…? だ、誰もお前のことなんか見てねーっつーの」
「まっ、あたしの美貌に今更、気づいて目を奪われちゃったのは解るけどね〜。あんたみたいな単細胞なら楽勝よ」
「アホか…」
「なによっ! まったく、どうでもいいけどさっさと食べてよね。人に早く食えと言っておいて、あんたの方こそ、さっきから全然食べてないじゃない。置いて行くわよ」
「あ…わ、わかってるよ」 

 不覚にも俺は食べるのも忘れて、美鈴を見ていたのか。
 おいおい、俺、どうかしちゃってるぜ。とっとと食べよう。