「あ〜、なんかさ、今夜は月が綺麗だね」
「…え?」
俺の言葉に、美鈴は夜空を見上げる。
「ほんろ、綺麗」
「でもな…」
「君の方がもっと綺麗だよらんて言ったら、冗談でもほっぺたひねってやるわろ」
「アホ! そんな歯の浮くようなセリフ冗談でも言えるか!」
そんな俺の突っ込みを無視して美鈴は深いため息の後、なにやら話し出した。
「…月ってうさぎさんが住んれいるんらろ」
「はぁ?」
美鈴が唐突にそんなことを言ってくる。
「日本れは、うさぎさんがお餅をついているって言われてるのらろ?」
「昔の人にはそう見えたと言われてるけど…」
「ぺったん、ぺったん、っていつでもお餅をついてるのれ」
だあ! 何が言いたいのだこの酔っぱらいは?
「でもきっと、そのお餅を食べてくれるひとはいらいの。だからずっとついてるのよ。だって意味もなくそうする事しか寂しさをまぎわらせないのれすもの」
自虐的に笑う美鈴。
「…美鈴、お前…」
「月って嫌い。私に似てるから…。綺麗だけど寂しい。それに他の星の輝きの邪魔ばかりして、お星様たちの仲間にも入れず、けっきょく独りぼっち」
うん。言ってることは支離滅裂だけど、なんとなく美鈴の言いたい事が解るような気がする。
「月なんて大嫌い…私なんて大嫌い…」
「美鈴、泣いてるのか?」
「いつまでたっても素直になれない私なんて…大嫌いっ」
美鈴は泣いていた。
容姿や生い立ちから周りの人間に煙たがられたり、のけ者にされたりしていつも辛い目にあっていた美鈴だが、いつも強がるばかりで、俺や周りの人間の前では泣いた事はなかった。
俺は今、彼女の泣いた所を初めて見た。彼女は静かに泣いていた。
もしかしたら今までも誰もいないところで彼女は静かに泣いていたのかもしれない。
俺は誰にも理解されない寂しさを押し殺して耐えている彼女の姿を知った。
いじらしかった。
俺だけは彼女を理解してあげたい。素顔の彼女を受け入れてあげたい。守ってあげたい。心の奥からそんな感情がわき上がってくる。
声を殺して涙を流している美鈴。俺は少しためらいながらもその肩をそっと抱いてあげた。