当然の事ながら、店の外に出ても店員達が追いかけて来る。俺は慌てて近くにあった小さなドアを開いて美鈴を押し込め、自分も中に入る。
そしてすぐにドアを閉めた。
真っ暗でよく見えないけど、たぶん、倉庫かなにかだと思う。ジュースの箱がたくさん積んである。中は狭く、一人分ほどのスペースしかなかった。
たまたま鍵が開いていたのがラッキーだったぜ。
「ちょ、ちょっと、くっつかないでよ!」
「シーッ!! 見つかるぞ!」
俺は慌てて美鈴を制する。確かにほとんど美鈴と抱き合う格好になっているが、それでも俺は彼女に嫌がられないよう精一杯離れているつもりだ。
「だいたい、なんでこんな所に隠れなきゃいけないのよ」
さすがに声を潜めて美鈴が文句を言う。
「誰のせいでこうなったと思ってンだよ」
「あんたのせいでしょ! 別にあのまま店員に捕まったって、別によかったんだから。払うお金はちゃんと持っているのよ」
「馬鹿か、お前は。金払って、それで済むと思うのかよ」
「迷惑料も払うから大丈夫よっ」
「あのなぁ…だいたい、なんでこんな事をしたんだ? お前ならCDの1枚くらい、なんの苦労もなく買えるだろうに」
「あんた、なんにも分かってないのね。これは度胸試しなの。あんたのような根性無しには出来ないことでしょうけど」
「…それで見つかってりゃ世話ねぇぞ」
「だいたいねぇ、あんたがいらない事を言うからでしょ」
「どっちにしても見つかっていた…って論点が違う! お前、遊び感覚で万引きやったのか?」
「いいじゃない別に。たかがCD1枚じゃないの」
「そういう問題じゃないだろ!これは立派な犯罪だぞ」
「リスクがないと面白くないでしょ。まぁ根性のないあんたには到底真似できないでしょうけどね」
「はぁ…あのな、お前、佐竹達になんか言われたのか?」
「え?」
「あいつらに言われてやったんじゃないか?」
「そ、そうよ。勇気があるなら取ってきてみなって」
「美鈴。こんなの勇気なんて言わないんだぜ。ただあいつらのいいなりになっているだけじゃないか。そういうのを断る事が勇気なんだよ。だいたいな、取られた側の気持ちって考えたことあるのか」
「……」
「まぁ、所詮、お前はお嬢様だからな。物の価値なんてわかんなくて当然だよな」
「な! なによ! 勝手に決めないでよ! 解るわよそれくらい」
「じゃあ、解ってるはずだろう。物を人に盗まれることがどんなに不愉快なことか。しかも遊び感覚で、そんなことされるのが、許されることなのか」
「……」
「それに今回はなんとか誤魔化せそうだからいいものの、もし捕りでもしたら、家や学校に連絡されて、ウチの担任とか親に迷惑かけることになるのだぞ。それに優紀さんも責任とらされるだろうし…」
「別に構わないわよ…そんなの」
「本気で言ってるのか?」
「お父様はどうせもみ消してくれるだろうし、担任や優紀だって別にいつもの事だと思うだけに違いないわ」
少し寂しげに美鈴。
「どうせ誰も私を叱ったりしないんだから、関係ないわよ」
「俺が叱るさ! 残念だよ。お前はわがままでタカビーだけど、こういう事にはプライドを持っていると思っていたよ。もっとちゃんとした自尊心をもっているヤツだと思っていた」
「……」
「お前の自尊心はただの飾りだよ」
「ち、違うわよ…」
「だったら、こんなことは止めようぜ。こんなことをしても自分が傷つくだけだぜ。こんな時にこそ、他人のくだらない価値観を勇気を持ってはね除けるべきだろう?」
「……」
「わがままを押し通すお前の性格って、みんなが言うほど悪いものじゃないと俺は思う。逆に言えば、他人に左右されない自分というものを持っているということだろう。まぁ、ほとんどの場合、周りの迷惑を考えないお前のわがままは、感心できるものじゃないけどな。だからこそ、そういった性格を、いい方に使えよ」
「…な、なによ偉そうに…解ったわよ。もうしない」
目をそらし、唇を尖らせて、不機嫌そうにしながらも、小さくそう答える美鈴。そのまま2人は押し黙ってしまった。
「…それにしても暑苦しいわね。もっと離れなさいよ」
しばらくして体をもぞもぞさせながら、美鈴は俺を押しのけようとした。
「俺だって暑苦しいんだ。好きこのんでくっついている訳じゃないぜ」
「…あたし、汗かいているから、それ以上、くつかないでよ…」
少し頬を赤らめながら、消え入りそうな声でそういう美鈴。
なんだ。別に俺が嫌われているって訳ではないのか。
まぁ、一応美鈴も女の子だし、そういうのが気になるんだなぁ、などと感心したりもした。
「…もうそろそろ、出てもいいんじゃない?」
「そうだな。そろそろほとぼりも冷めた頃だろう」
そう言って俺はドアの取っ手に手をかける。
「あ、あれ?」
「どうしたのよ」
「やば…開かない!」
俺はドアを何度も押して見せる。
「嘘! 閉じこめられたの!? どうするのよ! こんなところにいたらゆでダコになっちゃうわよ!」
「嘘」
「え?」
そう言って何事もなかったようにドアを開けて外に出る俺。外の涼しい空気がきもちいいと思った瞬間、俺は思いっきり美鈴に背中へ蹴りを入れられていた。
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