1日目【7月21日


 
 

 ゲーセンを出て、適当に本屋やおみやげもの屋を覗いて回ったりしているうちに、すっかり辺りは暗くなってしまった。
 う〜ん。もう健全な高校生が出歩くには遅い時間じゃないか。
 急いで帰ろう。あまり遅くなると、姉貴に鍵を閉められてしまうかもしれないぞ。

 少し急ぎ足でバス停へと急ぐ俺の頬に冷たいモノが当たった。
 
 …おい、おい、雨かよ〜。ついてないな。

 夏の雨だ。あっと言う間に本降りになる。俺は急いで誰もいないバス停の屋根の下へと駆け込んだ。とりあえず息を整えて深呼吸すると、俺はベンチに腰掛ける。

「うきゃぁぁ! なんで急に雨が降って来るのよっっ!」

 騒がしい声に顔を上げると、ひとりの女の子がバス停に駆け込んできた。小柄で天然の金髪頭。美鈴である。

「美鈴? なにしてんだこんな時間に?」
「ああぁぁ!! 馬鹿宇佐美じゃない! あんたこそどうしてここにいるのよ?」

 驚いて俺の顔を見る美鈴。少し濡れた髪が色っぽいなんて少し思ったりした。

「俺は暇つぶしにぶらぶらしてただけだ。ところで、優紀さんや取り巻き女どもがいないようだが、一人か?」
「ど、どうでもいいじゃない。私が一人で街を歩いていたら悪い?」
「悪くはないけど…女の子がこんな時間に一人で外をふらつくのは感心できないぞ」
「うるさいわね! 私に構わないでよ」

 構わないでと言いつつも、俺の隣に腰掛ける美鈴。ブスッとしてそっ向いて黙っている。

「仕方ない。俺が別荘まで送ってやるか」
「なっ、余計なお世話よ! あんたみたいなバカ男と一緒にいた方がよっぽど危険よ!」

 ま〜ったく、相変わらずかわいくねぇなあ。

「美鈴なぁ、断るとしても、もっと言い方ってものがあるだろう? だからお前は嫌われるんだぞ」
「どうせ私は嫌われ者よっ! あんたも私のこと嫌いなんでしょ? それなら、どっかに行きなさいよ、バイバイ」

 自分から駆け込んで来ておいてこの台詞。まぁ、コイツがわがままなのはいつものことだけど…。

「あのなぁ、俺が先にここにいたんだぞ。それにこんな雨の中、出て行けって言うのか? そんなんだからお前は嫌われるんだ。お前さぁ、自分が嫌われてるって自覚があるなら、嫌われないように努力してみたらどうなんだ?」
「あんたに何が解るのよ。私がどんな態度とろうとみんな変な目でしか見ないんだから。髪の色、目の色。日本人離れした容貌をどう変えるの?」

「その金髪ぐらいは染めれば変えれるぜ」
「馬鹿なこと言わないでよっ! この私の髪の毛はね、お母様から譲り受けた大切な宝物なんですからねっ。人に媚び売るために染めたりするもんですかっ」

「あれ? そういえば、お前の母親って、確か黒髪じゃなかったっけ?」
「馬鹿ね。あれは義理の母よ。両親とも黒髪なのに金髪の子供が出来る訳ないじゃない。私の本当のお母様は小さい時に亡くなったのっ」

 美鈴の父親は雑誌の写真で見たことがある。確かに普通の日本人だった。母親も、何回か会った事があるが、もちろんどう見ても日本人、和服のよくにあう上品な人だった。ハーフって感じはぜんぜんなかったよなあ。

 今さらの気付いたのだが、この両親では先祖返りでもない限り、美鈴のような欧米人の特徴を持つ容姿の子供が産まれるはずはなかったんだ。
 気がつかなかったとはいえ、俺は美鈴の触れられたくない部分を触れてしまったようで、少し罪悪感を覚えた。

「悪い…無神経な事、聞いたな」
「…いいのよ、別に」

 謝った俺に美鈴も声のトーンを落とす。その後、なんとなく気まずく二人とも黙ってしまった。

 気が付くと、いつの間にか雨は上がっていた。アスファルトが街の灯りでキラキラ光っている。
 あたりに人はいない。静かな駅前のバス停に虫の音だけが聞こえていた。

 バスがやってきて入り口のドアを開くが、俺達が動かないのを確認すると、惜しむようにドアを閉じて走り去っていった。

「…宇佐美は私の金髪、嫌い?」
「え?」

 道路の向こうを見つめたまま、美鈴は俺にそう聞いてきた。

《どう答える?》

   俺は艶のある黒髪が好きだぜ 
   関係ないよ 
   金髪の方が好きだな