「見事にふられたな。まこと」
不意に声をかけられ振り向くと、BMWに乗った姉貴がいつの間にか横に来ていた。窓から顔を覗かせて、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き見ている。
「姉貴! 見ていたのかよ!」
俺は慌てて涙が溜まっていた目をこすると、のぞき見していた姉貴に文句を言った。
「まぁ、暇だから、お前を家まで送っていってもいいかな〜って思ってたまたま来たんだ。まさか、こんなシーンを見れるとは…やはや、偶然とは恐ろしいもんだねぇ」
「姉貴〜あのなぁ」
「なんだ? 乗らないのか…そうかそうか」
そう言うと本当にウィンドウを閉めて車を加速させる姉貴。
「待て! それはないだろ! 乗るよ、乗る!」
そう叫ぶと、車は再び路肩に止まった。
「よし、素直でよろしい」
満足げに笑う姉貴に俺はぶつぶつ小声で文句をいいつつ、助席側に回り込んでBMWに乗り込む。
海沿いの国道を走る車の窓から、夏の色をした海を俺はただ黙って見ている。
姉貴も黙々とハンドルを動かしているだけだ。
流れていく天乃白浜海岸の景色。
真澄ちゃんと出会い、何度も二人で足を運んだこの浜辺。今日もたくさんの海水浴客で賑わってる。でもそこにはもう二人はいない。二度と来る事はない。
俺は馬鹿だ。なんだあの時、追いかけなかったんだ。どうして…。
知らない間に景色が滲んでいた。
くそっ…俺はなに泣いてるんだ。情けない。
そう思ったら余計に泣けてきた。悲しかった。とても惨めだった。自分が嫌になって来た。
「なんだ? まこと…泣いてるのか」
姉貴が不意に声をかける。
「ば、馬鹿言え、泣いてる訳ねぇじゃねえか」
姉貴には顔を見せないよう横を向いたまま俺は答える。
「まこと。無理するな。別に男だからって泣いちゃいけないなんて事はないんだ。自分の感情を押し殺すのはよくないぞ。泣きたいなら泣け。笑いたいなら笑え。だれにも恥ずかしがる事はない。それが本来の人間なんだから」
不意に姉貴の方に振り返る。姉貴は顔色ひとつ変えずにただ前を見て話していた。
「でも、これだけは覚えておけよ。お前はこの夏、いい経験をしたんだ。家に籠もっていては絶対に出来なかった経験をな。そりゃ、結果は残念だったけど、その事すらいい思い出になる時が来る」
「……」
「楽しいことも悲しいことも時が経ち振り返った時に良かったと思える。だから今は自分の感情を抑える事なんてないんだ」
姉貴はただそれだけ言うと再び黙り込んだ。
姉貴の言葉に従うつもりはなかったんだけど、涙が次から次へとこぼれ落ちていった。
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