■真澄編■
4日目【7月24日】


 
 
「ところで弘の奴は?」

 とにかくこの雰囲気をなんとかしようと思い、話をそらせてみる。

「あ、そういえば。宇佐美君を探すと言ってどっかに行ったままなの。何処に行ったのかな?」

 あいつの事だ。ナンパでもしてるんじゃないか?
 それにしても、小野寺さんを放っておくなんて、なんて罰当たりな奴なんだ。

「ちょっと探して来るわね」

 そう言うと小野寺さんはビジターセンターの方へ行ってしまった。その後ろ姿を思わず目で追ってしまう俺。
 うむ〜、一緒に探してあげればよかったかな?

「先輩?」

 真澄ちゃんが俺の顔をのぞき込む。そうだった、彼女がいたんだ。

「鼻の下のびちゃってる」

 俺を睨んで不機嫌そうに言う真澄ちゃん。

「な、なんだよ」
「先輩、今の人の事、好きなんだ」
「そ、そりゃぁ、友達だから」
「嘘。先輩、なにかいつもと態度、違うもん」
「おいおい。なんだよ、真澄ちゃんもしかして妬いてるのか?」
「そうですよ。だって、せっかく先輩と二人っきりで遊びに来てるのに、邪魔されたくないんです」

 ふくれっ面でそっぽ向く真澄ちゃん。からかって誤魔化そうと思ったのだが、失敗してしまった。

「真澄ちゃん。いい加減にしないと怒るよ」
「だって、先輩があの人とどっかに行っちゃったら…あたし…ひとりぼっちになってしまいます…そんなの嫌です…あたし…あたし」

 真澄ちゃんはとうとう泣き出してしまった。

「ちょっと、ちょっと、ちょっと。なにも泣く事ないだろ? ごめん。俺が言い過ぎた」

 俺は慌てて真澄ちゃんの顔をのぞき込みに謝る。
 でも、彼女は顔を上げてくれない。
 あちゃぁ…困ったなぁ。

「お前、何、女の子を泣かせてるんだよ」

 横からの声に俺は驚いた。岸田 弘だ。

「なんだ弘か。お前、小野寺さんが探していたぞ」
「ああ。あいつと会ったのか。それにしても、お前が本当に女の子を連れてるなんてねぇ。俺のアドバイスが良かったんだなきっと。俺達が心配する必要なかったじゃん。でも、これってまずくないか?」

 そういうと弘は真澄ちゃんの側に来て、彼女の肩を抱いた。それがあまりに自然な動作だったので、俺は思わずそれを許してしまっていた。

「なぁ、コイツ不器用だからさ。なに言われたか知らないけど、顔をあげなよ」

 そう耳元でささやく。真澄ちゃんは驚いて、慌てて身を引く。

「弘、おまえ!!」

 一瞬遅れて、俺は弘に文句を言った。
 顔を上げた真澄ちゃんを見て奴の表情があからさまに変わる。

「まこと、ちょっと来い」
「なんだよ」

 今度は俺の肩を持って、真澄ちゃんから少し離れた所まで連れて行く。そして声を潜めて俺に言った。

「おい、むちゃくちゃかわいいじゃんかよ。お前どうやってひっかけたんだ」
「失礼だな。別にナンパした訳じゃないぜ。彼女は俺の昔の後輩なんだ。お前知らないんだっけ?河合真澄ちゃん」
「え?」

 それを聞いて奴の顔から血の気が引くのが分かった。
 なんなんだよコイツ。

「もしかして岸田先輩ですか?」
「え?」
「あ!」

 背中からの真澄ちゃんの声に俺と弘は、それぞれ別の意味で驚いて真澄ちゃんの方を向く。
 彼女は、いつになく真剣な表情。
 それにしても、何で真澄ちゃん弘の事を知ってるんだ?

「ええっと、誰だっけ」

 弘があからさまにとぼけてみせる。

「私の事なんて忘れてしまいました?岸田先輩」

 声のトーンを少し低くして言う真澄ちゃん。
 そりゃどういう意味だ!?

「ま、ま、真澄ちゃんだよね。はははは! 別人のように綺麗になったから分からなかったよ、うん。奇遇だね。元気にしてた?」
「おい、弘、これはどういう」
「ああーっと、俺、美和を探さなきゃいけなかったんだ。それじゃぁな」
「あっ、おい! ちょっと、逃げるなよ!」

 弘はそう誤魔化して逃げるように俺達の前から去った。呆然とたたずむ残された二人。
 仕方なく俺は真澄ちゃんに聞いた。

「あいつの事、知っていたのか?」
「…ごめんなさい。宇佐美先輩。今日はもう帰りましょう」

 真澄ちゃんは答えてくれない。

「真澄ちゃん!」
「あたし帰りたいんです! ここにいたくない!!」

 突然、怒鳴った真澄ちゃんに俺は驚く。
 なんだかわからないけど、言いたくないんだな。気になるけど諦めよう。
 仕方がない。今日は帰るか…。

「…ごめんなさい先輩。わたし…」
「いいよ。真澄ちゃんが言いたくないんなら聞かないよ。じゃぁ帰ろうか」
「…ごめんなさい…」

 真澄ちゃんはその後、何も言わず荷物を片づけはじめた。
 それにしても、なんなんだよあいつは。せっかくいい雰囲気だったのに。
 二人が知り合いだったのも訳からないし、どうなってるんだよ。