■真澄編■
2日目【7月22日】


 
 
「あたし、あの時、ちょっと嬉しかったです。少し落ち込んでいましたから。先輩に声をかけてもらえて元気がでました」

 アイスココアのストローを手で弄びながら言う真澄ちゃん。

「ははは。それは光栄だね。でも真澄ちゃんの口から、見返してやろうなんて言葉がでたのには驚いたよ」
「軽蔑しました?」
「まさか。嬉しかったよ。体育祭の事、そこまで真剣に考えてくれていたんだなあってね。真澄ちゃん、本当は嫌々やっていたんだと思っていたから」

 彼女は、俺と同じで押しつけられてクラス委員になったクチだ。特に彼女のクラスの雰囲気は学校行事に非協力的で、彼女はかなり苦労していた。押しつけであっても、その性格からか、真面目に一生懸命やろうとする彼女の姿には好感がもてたが、正直、可哀想な気もしていた。

「確かに最初は嫌でしたけど…でも先輩達の一生懸命な姿を見てると、あたしもやらなきゃって考えるようになって」
「俺も同じだぜ。真澄ちゃんの真剣な姿に刺激されたよ」

 俺がそう言うと照れたように微笑む真澄ちゃん。

「先輩、あの日の帰り、雨の中、私を追っかけて来てくれて、傘に入れてくれました」
「いや、あの時はついでだったから。どうせ帰り道だったし…」
「嘘。中学校からだと先輩の家ってあたしの家とは逆方向じゃないですか」
「そ、そうだったけな?」
「せっかく着替えたのにまた濡れちゃってどうするんだよって言って、傘をさしかけてくれた事、今でもよく覚えています」

 そう。
 その日の帰り、たまたま俺は置き傘があった俺は、ひとり昇降口から傘を差して出ようとしていた。
 その時、雨の中へ駆け出す彼女の姿を見かけたんだ。
 俺は条件反射的に彼女を追いかけていた。

 機材運びでずぶ濡れになった生徒は先生の指示で、体操服…上はシャツ、下はジャージ姿で下校していた。体育祭前なのでみんな体操着を持っていたのだ
 せっかく乾いた服に着替えたのに、また雨の中、濡れて帰らなくてはいけないのは、可哀想だった。それに頑張るって言ってる彼女が風邪でもひいたら大変だとも思った。
 だから追いかけて傘をさしのべたのだった。

「先輩、ジャージの膝から下、びしょ濡れでしたね」
「そりゃぁ、真澄ちゃんが呼んでも気付いてくれなかったから、ずっと走って追いかけてたんだぜ」
「ごめんなさい。迷惑かけちゃって」
「いまさら言う事でもないだろう? でもよく覚えていたね」
「だって…あたし、凄く嬉しかったから…」

 真っ赤になって小さな声でいう真澄ちゃん。俺はちょっとした気遣いのつもりでやった事なのに彼女にとっては嬉しかったんだ。

「あ、先輩、雨、あがりました」
「ほんとだ。やっぱ、にわか雨だったんだな」

 外を見ると雨はすっかりあがって、濡れたアスファルトに夏の太陽が反射していた。

「あ! 見て下さい先輩、虹!」

 真澄ちゃんの声に俺は窓越しの空を見上げると、はっきりとした見事な虹がかかっていた。

「綺麗…」

 感嘆の声をあげる真澄ちゃん。
 う〜ん、急に雨が降って困ったけどこんなものが見れるなんて、ついていたな。
 昔の事も話せたし…夕立に感謝しよう。