■真澄編■
2日目【7月22日】


 
 
「ふぅ…助かった」

 俺達はファミリーレストランを見つけて、入り口の軒先に駆け込んだ。

「はぁ、はぁ。これって、天気雨ですね」

 息も絶え絶え、屈んだままの姿勢で真澄ちゃんが言う。
 でも、意外と楽しそうだ。俺はバックの中からまだ使ってない乾いたタオルを取り出すと真澄ちゃんに投げて渡した。

「ありがとうございます」

 それで頭にかぶせて髪の毛を拭く真澄ちゃん。
 俺も少し濡れたバスタオルで(残りは使用済みのヤツしかなかったのだ)髪と肩の水気を拭き取った。

「せっかくだから入ろうか?」

 俺が店内を指さして言う。

「でも、あたし達びしょ濡れですよ」
「大丈夫。それほど濡れてはいないって。頭と肩の所だけだよ。それにこの雨だから事情は分かってるだろう。文句は言われないさ」

 俺が入り口のドアを開けて店内に入ると慌てて真澄ちゃんも続いた。

「あたしさっきもう一つ、先輩の事、思い出しました」

 俺達は窓際のテーブルに腰掛けて、とりあえず飲み物を注文する。そして何気なくガラス越しに雨を見ていたら彼女が話しかけてきた。

「え? なに?」
「さっきタオルを投げてくれた時、同じような事が前にもあったなぁって」
「そうだっけ?」
「ほら体育祭が雨で延期になったじゃないですか。あの時」
「あ、思い出した。俺達が雨の中、準備されていた椅子とか道具類を校舎の中に移動した時の事か」

 中3の時の体育祭。
 その前日の土曜日、体育委員とクラス委員の何人かが残って準備をしていた。
 朝方は晴天だったのだが、夕方頃になって急に雨が降り出した。

 そのせいで俺達はせっかく準備した機材や椅子を雨の中を校舎にもって行かなくてはならなくなった。
 グラウンドと校舎の間を何度も往復しているうちに俺達はびしょ濡れになってしまう。

 すぐに先生がタオルを人数分持ってきてくれた。
 俺は真澄ちゃんの姿が見えない事に気づいて、彼女の分のタオルを手に取り帰ってくるのを待った。でも、なかなか真澄ちゃんは帰ってこない。俺はちょっと心配になって校内を探す事にした。

 体育館との渡り廊下で雨の中庭を見ている彼女を見つける。
 なんとなく寂しげな雰囲気に俺は声をかけるのをためらった。
 ゆっくりした動作でタオルで彼女の頭にタオルを乗せる。真澄ちゃんはビックリして振り向いた。

「どうしたんだこんな所で。風邪ひくぜ」
「あ…あ、ありがとうございます。あの…ちょっと、体育館に物を持っていってましたので…その…」

 彼女はタオルで髪の水気を拭きながら俺に頭を下げる。

「みんな生徒会室に集まってるよ。ほら、行こう」
「は…はい」

 俺が歩き出すと少し離れてついてくる真澄ちゃん。
 中庭を見つめていた時の横顔が気になって俺は聞いてみる。

「何を見ていたんだい?」
「え? そ、その…雨を…」
「雨?」
「明日、きっと中止ですよね」

 体育祭の事か。

「そうだな。この分だとね」
「あ、あの…あたし、残念です。一生懸命準備したのに」
「でも延期だろ? 火曜日にでもなるんじゃないか」
「平日じゃぁ、人があまり見に来てくれません」
「そりゃあ、そうだけど」
「あたし、悔しいんです。クラスのみんな、どうせつまらないんだから体育祭なんてやらないほうがいいって言ってるから…。頑張っていいものにして見返してやりたかった」

 いつになく強い口調でいう真澄ちゃん。俺は立ち止まって彼女の方を振り向く。

「見に来る人が少なくても精一杯やれば大丈夫だって。要はみんなが楽しめればいいわけだから、頑張って盛り上げていこうぜ真澄ちゃん」
「……」

 何か言いたげな顔で俺を見る彼女。
 とりあえず俺は微笑みかけると廊下を再び歩き出した。