不意に会話がなくなる。俺は目を真澄ちゃんから夜景の方へ向けた。
夜風が涼しくて気持ちいい。
彼女の長く綺麗な髪がなびいている。
眼下に広がる街の明かりを真澄ちゃんと肩を並べて眺めた。なんとなくこのままずっと二人で夜景を眺めていたいと思ってしまう。
「あの時、先輩がいなかったら私、クラス委員なんて上手くやれなかったです」
不意に真澄ちゃんが口を開いた。
「そんな事ないよ。真澄ちゃん、一生懸命やってただろ?」
「でも、先輩が手伝ってくれたり、励ましてくれなかったら、あたし駄目だったと思います」
真澄ちゃんとの出会いは俺が中学三年、彼女が二年の時。俺は不幸にもクラス委員を押しつけられていた。
六月にある体育祭。毎年、一、二、三年一クラスずつを一チームとして競うのだが、俺のクラスのチーム−兄弟学級に真澄ちゃんのクラスが選ばれた。
そこで俺は初めて彼女と知り合う。
当時の彼女は地味で目立たない娘だった。髪も短く黒縁の分厚いメガネをかけて無口で……。
そして彼女のパートナーである男子のクラス委員が無責任な奴で、クラス委員会に出てるのはいつも彼女だけだった。
「私、クラスから出た意見について質問された時、上手く答えられなくて困っていた時があったですよね。あの時、先輩に助け船を出して戴いて」
そうだ。それが俺達の最初の出会いだった。彼女のクラスから出た体育祭中止の提案に必要以上の生徒会執行部からの質問。答えられず真っ赤になって俯いてしまっていた真澄ちゃん。隣にいた俺は彼女が今にも泣き出しそうなのが分かった。
それを、なんだか見ていられなくて、思わず執行部に文句を言ったんだ。
確かに体育祭中止なんて不真面目な提案を聞かされた執行部の腹立たしさも分かる。でも、その怒りを彼女にぶつけてる連中が気に入らなかったのだ。
クラス委員会が終わって俺の横で泣いていた彼女を慰めたのを覚えている。夕日が会議室を橙色に染めて、彼女のすすり泣きだけが響いていた。
その時から俺はなにかと彼女を気に留めるようになった。別に好きとかそういうのではなくて、なんだか放っておけなかったのだ。
まぁ、妹ができたような心境だったのかもしれない。
「もうあれから三年も経つんだな」
「宇佐美先輩は…その…今は彼女とかいるんですか?」
「え?」
「い、いえ。深い意味はないです。ただ、先輩の彼女ってどういう人かな…って思って」
「いないよ」
「本当ですか?先輩、モテそうなのに。それなら私が彼女になろうかな…」
「え?」
「じょ、冗談です! ごめんなさい」
おいおい…。今のはどうとらえたらいいのかな。
単にからかわれただけか? 本当にそう思ってるのか、それともあんたの彼女になんかご免だよってからかわれた意味なのか…。
「真澄ちゃんの方こそどうなんだよ。なんか中学の時に比べて凄く可愛くなたけど恋人でも出来たのかな?」
「か、からかわないで下さい。あたし可愛くなんかないし、女子校なんで男の人と知り合う機会がないし…恋人なんていません」
「じゃあ、俺がなってあげようか?」
少しおどけて俺が言うと、真澄ちゃんは真っ赤になって俯いた。
「先輩、酷いです。あたしがあんな事言ったから、仕返ししたんですね」
「いんや、本気。じゃあ、こうしようか? とりあえず三本松にいる間はお互いが彼氏と彼女」
「ぶー! 先輩」
少し頬を膨らませて怒ったように俺を睨む真澄ちゃん。
「嫌?」
「嫌って訳じゃぁ…先輩、もしかして本気なのですか?」
「別に堅く考える必要ないじゃん。別に本当の恋人同士っていう訳じゃなくって、せっかく再会できたんだし、俺、一人で来てるから一緒に遊びに行く相手が欲しいんだ。そういう意味って事で駄目か?」
「だ、駄目なわけないじゃないですか。あたしだって一人ですし…よろしくお願いします」
真澄ちゃんは真っ赤になって、でも凄く嬉しそうに俺にそう答えた。
「いい雰囲気の所を悪いが、そろそろ帰るぞまこと」
突然、背後から邪魔が入る。
本当にいい時に来るなぁ〜姉貴。俺が睨むと姉貴は舌を出してそっぽ向いた。
ほんとむかつく奴。
「じゃあ、俺、帰るから。明日な」
「はい。楽しみにしてます」
俺は真澄ちゃんに軽く手を振ると姉貴の後を追って駐車場へ向かった。
|