◆7月21日<夜>◆
『高台のレストラン』
小高い丘の上にあるファミリーレストラン。
窓から見える街の夜景。その向こうに月明かりに照らされた海も見える。
レストラン自体は普通のチェーン店だが、この展望のおかげでけっこう人気が高い。市街地からもそれほど離れている訳ではないし、三本松町にはここ以外にリーズナブルなレストランがないという理由もあるらしい。
海で遊んだ後なので夕食を作るのがめんどくさいと言い出した姉貴のわがままで、康太郎義兄さんと3人でここへ食事にやってきた。
「姉貴〜、せっかくの機会だから、もっと、こう、日頃食べれないようなものを食べに連れてくれよ」
「贅沢言うな。外に食事に連れていってやるだけありがたく思え。本当なら家でカップ麺だぞ」
そりゃないよ姉貴。
「康太郎さん、姉貴にそんな貧しい食生活させられてるのですか?」
「え?いいや…」
「あのなぁ。康太郎は別だ。相手がお前の場合の話。どうでもいいからさっさと決めろ」
「……」
俺は不満な顔のままメニューを選ぶ。
「真澄、けっきょく約束しそびれちゃったね。それでも、明日、天乃白浜に行ってみる?」
「え? な、なんの話?」
聞き覚えのある声に振り返ると、後ろのテーブルに真澄ちゃんを始めとする昼間の三人が座っていた。
「ほら、昼間会った真澄の昔の憧れの先輩」
をや…それって、もしかして俺の事?
「ちょ、ちょっと、由希子姉さん、宇佐美先輩はそんなんじゃないってば…」
「そうそう、その宇佐美先輩」
由希子さんは少し楽しそうに真澄ちゃんの反応を見ている。
「呼んだ?」
「うわぁ」
俺は仕切り越しに顔を覗かせると、当然の事ながらみんな驚いた顔で俺を見た。
由希子さんとその彼氏が手前にいて、ちょうど向かい側に真澄ちゃんがいる。
「宇佐美先輩!?どうしてここに…」
「いや〜、ただの偶然。聞き覚えのある声が聞こえたから」
「なんだ。よかったじゃない真澄。チャンス、チャンス。今のうちに約束してしまいなよ」
由希子さんが小声で真澄ちゃんに言うのが聞こえる。
「そんな、あたし約束なんて…それに私、別に…」
「もう、じれったいわね! わかったわよ。昼間、邪魔したのわたしだからね。今回だけはなんとかしてあげるわ」
そう言って俺の方を見る由希子さん。内緒話のつもりみたいだけど、しっかり聞こえてるぞ。
「宇佐美君、明日は暇?」
「特にはなにもないですけど…」
由希子さんは立ち上がり、こちらに身を乗り出して俺に聞く。
「じゃぁ、明日、わたし達と泳ぎにいかない? …正直言って、真澄が邪魔なのよ。俊治と二人っきりで遊びたいの。わかるでしょ? 真澄の相手をしてあげられないかしら?」
言葉の後半は俺にだけ聞こえるように耳元で声をひそめて由希子さんは話した。
俺自身、真澄ちゃんとは色々話したいし、願ってもない話だ。
「いいですよ。じゃぁ、明日の朝、天乃白浜で」
「決まりね」
由希子さんは軽くウインクをすると席に戻った。
「おい、まこと。いつまで待たせるんだ」
あ!いけね。姉貴達の事、忘れていた。真澄ちゃんたちに軽く手を振って席に戻ると姉貴はジト目で俺の顔を見ていた。
「ほう…いつからうちの弟はナンパ師になったんだ? 来て早々、地元の娘とデートの約束とはね」
「違う違う。奥の彼女が中学の時の後輩で、偶然出会っただけだよ」
「なんだ。そうだろ。そうだろ。確かにお前に一人でナンパするような度胸はないとは思ったんだ。なるほど、そういう事か」
今度はクックックと笑う姉貴。だぁー!! どうしろっていうんだ。
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