西南思慕

西南思慕



 このあいだ、関わっている詩誌の集まりの流れで青山の路地裏にある小さな居酒屋に入った。単価も高めでしかも食事の後とあってたいして箸も進まなかったが、霧島地鶏だというそこの焼き鳥を口にしたら硬さと汁気がまさしく本物だったので驚いた。メインの飲み物が焼酎一本槍であるその店がどうのこうのという話ではなく、九州侮るべからず、ということを少し書きたい。だいたい、福岡、佐賀、せいぜい長崎ぐらいまでの限られた北部でしか清酒を造ることができず、後はすべて焼酎文化圏だというのもこの列島では特異なことだといえる。薩摩の鶏、球磨の馬、肥前・長崎の豚を食する習慣もおそらくこの幕末に始まったことではなかろう。その地で相まみえた経験はないが、博多のオキュートや、檀一男大兄が懐旧の念いを込めて縷々語る有明海のイソギンチャク・ムツゴロウ・アゲマキなどは、しかし見た目や聞いたほどにエキセントリックではなく、その味は優しくて幅のある滋味を感じさせる。これは九州の人間を語るときにもあてはまることで、苛烈な焼酎が実は馥郁たる香を蔵するように、一敗地にまみれた足利尊氏や秀吉に疎んぜられた黒田官兵衛を受け入れた土地柄は、まことに鬱蒼とした人間の森を彷彿させて慕わしい。


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