おふくろの味・存疑

おふくろの味・存疑



 いわゆるおふくろの味、というやつが苦手である。どういう幼児体験をしてきたのか、私は普通であると思っているが、甘辛く煮付けたやつ、煮魚や野菜の煮物、きんぴらや肉じゃが、おでんなど、うまいと感じたことは一度もない。あるいは酒を飲むせいであるのかもしれないが、酒飲みのなかには薩摩揚げを甘辛く煮付けたのを肴に飲む手合いもいるのであって、そんなのと同席した場合には粗塩でも舐めていたほうがまだましである。東京で、和むとか落ち着くとか評判の居酒屋には往々にしてこの手の料理を看板にするところがあるが、そんな店で心の底からおいしそうに鰯の梅煮などをパクついている男とか女とかには深い友情や愛情を育めそうになく、恰も異郷に来たように馴染めない。鰯だったら刺身かカチカチに干し上げた丸干し、その店でそれがかなわぬなら河岸を変えて屋台の焼き鳥ぐらいをせめて塩で齧りたい。おそらく、甘辛い味が白飯を連想させるのが駄目なのであって、いつか神楽坂で、年に何回も行けない和食屋ではあるが、そこで出たキンキ一尾の煮付けには珍しく感動したが、板前の説明によるとそれは水と酒と醤油以外の一切の調味料を用いておらず、味わいの軽さは白飯という雑念を予め排除するものだった。


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