辣韮小考 ――酒飲みの賦
辣韮小考 ――酒飲みの賦
好き嫌いはあまりないが、しかし地獄のような甘さのほかにひとつだけ弱いものを挙げるとしたら、それは甘酢系統だ。むかしから、カレーライスの副菜でその白い輝きが何とも魅力的でつい手が出てしまって決まって後悔するものに辣韮漬けがある。玉葱風の刺激ある香り、とくにペコロス(小玉葱)のピクルスなどは好物で、辣韮漬けにその俤をダメと知りつつつい偲んでしまうせいかとも思う。これに甘酢の味さえついていなければと考えたことは一再ならずあって、いつか八百屋の店先に並んでいた泥付き辣韮を買い込んで泥を洗って齧ったら、その激甚な辛さに涙と洟を同時に垂らしたことがあり、重ねての後悔の臍を噛んだものである。酒には塩辣韮という手があることに気づいたのは恥ずかしながらそれからしばらく経ったあとで、これはこれで結構なものであるが、あの辣韮様のものを生で、味噌などをつけて齧ってみたいと長らく考えていたところ、エシャレットなるものがスーパーほかに出回るようになった。往年のリノ・バンチュラが映画のなかで齧っていたあの西洋野菜ではないかと興奮したが、その正式名称はエシャロット。エシャレットは商標で、和名は若辣韮というのを聞いてむしろ積年の胸のつかえが下りた気がした。
|解酲子飲食 五 目次|
前頁(天女さんのシツモン)|
次頁(おふくろの味・存疑)|