温ビール
温ビール
むかし腺病質だが飲むのは好きという学校の先輩がいて、何人かで住んでいるその下宿ではケース単位で取っているビールを切らさずにいたが、先輩が腹によくないと言いながら出すビールは夏でも冷蔵庫に入れていないものだった。最初はすぐに下痢をする奴と一緒にされてたまるもんかとしぶしぶ飲んでいたのが、下宿に行くと必ず律儀に振る舞ってくれるぬるビールがいつしかやみつきとなった。考えてみれば、ビールは絶対に冷やさねばならないという法もないもので、エジプトやメソポタミアの頃からあるビールに冷蔵施設が付随していたとも思われない。ディケンズの「デイビッド・カッパーフィールド」に出てくる不良青年がデイビッドに執拗に奢らせようとするエールはとても冷やしているとは思えないし、それどころかジョイスの「ダブリナーズ」中の一篇「アイビー・デー」では暖炉のうえでお燗したスタウトの栓がぽんぽん抜けたりする。かくのごとく温ビールが乙なものというのはひとつの見識といえるが、いつかの京都は南禅寺の一僧坊で、夏に湯豆腐を食うというこっちも馬鹿だったが、夏の京の酷暑のなかで湯豆腐とともに出てきたビールが全くの常温だったというのは、鄙人の知らない何かの意味でもあるのだろうか。
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