上野の杜の田舎者

上野の杜の田舎者 ――上野山下りて湯島の大さわぎ 解酲子



 上野の杜に行って美術館など回ったあと、いちばん困るのはメシをどこで食おうかということである。かの精養軒のハヤシライスはいちど試みれば十分だし、そこいらの出店で匂いを上げているおでんダネの練り物をほおばるというのもなんだかあんまりで、自然、浅草あたりまで足を延ばそうかという、元気でないときには億劫な事態にまま立ち至る。「鐘は上野か浅草か」という蕉翁の句は、深川のイオリからはるか北にあたる市中をうかがう気配であって、両所が隣り合って近いということを意味しない。そこでやむなく(無知というのは懲りないもので)反対の広小路あたりまで下りてゆくことになるのだが、ここがまことにティピカルなトーキョーの繁華街で、ファストフードとゲーセンと英会話教室と風俗営業が仲良く軒を並べていて、とても書画を見たあと連れ合いと食事に入るというふぜいではない。地元の人間ならいざ知らず、こんなはずでは……という既に視た思いに捉われるのは私ばかりではあるまい。かくて池之端辺まであわてて引き返して伊豆栄の鰻あたりで手を打つことになるのだが、青竹でこしらえた酒器で冷酒なぞをおっとりと酌む、この閑さも鰻のお値段のうちに入っている。

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