銀座の蕎麦屋

銀座の蕎麦屋



 銀座には老舗の寿司屋やうなぎ屋や天婦羅屋はあるが、蕎麦屋で老舗というのは案外少ないような気がする。そのなかで正統派といえば四丁目交差点の更科が代表格と私は見做していたのだが、実際あそこは車海老の天婦羅が一本から頼めて二階席から冷やをやりながら眺める交差点の昼の雑踏はなかなか乙で、いまの女房と結婚するまえによく使って重宝したものだが、ある日突然英会話教室に変わって愕然とした。爾来私における銀座の蕎麦屋の冬の時代の到来ではあった。けれど蕎麦屋は当たり前だがないことはないのであって、有楽町のどっかのビルには神田のやぶの支店が入っているというし、歌舞伎座裏には口取の蕎麦味噌と鴨のつけ蕎麦を役者がほめる宮城野があるし、八丁目のほうの蕎麦新発意のいけたには夜ごと若い関西ビジネスマンが蕎麦をすすって行うにぎやかな大阪弁という奇観を呈して、まずは盛況である。かくのごとく銀座の蕎麦屋にはイロモノが多いと思うが、その手のものでも金春通り近くに名だたるよし田には風格を感じた。名代コロッケそばというのも泣かせるが、そのコロッケも年代のついたイロモノともいうべき板場の仕業を伝える鳥の叩きの精妙な味で、ずいぶん久しぶりに銀座で蕎麦屋に入った気がした。

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