南都諸白

南都諸白



 芭蕉の貞享五年の秋の句に「御命講や油のやうな酒五升」というのがあるが、御命講とは日蓮上人の忌日に営まれる法要のことで池上のお会式が有名だ。「油のやうな酒五升」は、信徒から酒を贈られたことへの上人の礼状のなかにある言葉だが、上人もなかなかいけるくちであったことがうかがわれる。かくのごとく宗教生活と酒とは相矛盾するものではなかった。それどころか、中世の寺は有力な醸造元でもあったわけで、いまの日本酒の故郷みたいな所といえる。当時もっとも名高かったのは奈良の酒で、なかでも諸白(もろはく)と呼ばれるものは「近代酒ノ絶ニシテ美ナル者ヲ呼ビテ諸白ト曰ク」(「本朝食鑑」小泉武夫氏による)というように酒飲み垂涎の的であった。いまの女房と奈良の友達の家に行ったとき、出た酒の銘が南都諸白というもので、味わいはたしかに美麗であったが、その名をあられもなく連呼したのは半ばは中世の幻影に酔っていたのかもしれない。
 
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