発酵食品考

発酵食品考



 酒を嚆矢とする発酵食品の類は耕作文化の発生とともにあって、そんな大げさな話でなくてもある種の酒や味噌なしで生活は考えられないという地方や家庭は多い。そのにおいや食味の科学的な説明は坂口謹一郎先生の天国での講義にお任せして、酒はまあ別格としてもたしかに味噌や塩辛やその一種であるクサヤなどには魔味というべきものがある。いつかテレビで極地のイヌイットを映した番組があったが、初老で独身だというその男は酷寒の冬の夜のテントで「おれにはこれが楽しみなんだ」と言って何かのスピリッツをやりながらツグミみたいな小鳥の塩辛をむさぼり食っていたが、あれはずいぶん臭そうで迫力があった。若いころ、金も立場もなくなって親戚の惻隠の情を見当に転がり込んだ地方で、みんなが寝静まった夜半、最明寺殿を気取ったわけではもちろんないが、一合の酒のアテに小葱と削り節をたたいて混ぜた葱味噌の味が忘れられない。

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