七部集のウルメ

七部集のウルメ



 芭蕉七部集の「猿蓑」に「灰うちたゝくうるめ一枚」という凡兆の句がある。それに付けた芭蕉の句は「此筋は銀*かね*も見しらず不自由さよ」で、貧窮の生活のうちに、銀の持つインパクトある青ざめた光と、貴重な一枚のウルメイワシが帯びている「青」とを交錯させた仕掛けとなっているのだが、連句の解釈はさておき、このウルメがじつにうまそうだ。私だったら「灰うちたゝく」というところで唾をのむ。芭蕉の世界にはこのほかにも食い物の記事が意外にあって、「おくのほそ道」の途次に詠んだ「めづらしや山を出羽*いでは*の初茄子」のナスビなどは、流火草堂先生によれば出羽名産の民田*みんで*茄子という小粒のナスビのことだそうで、これなどは漬物にして丸ごとこりこりと噛んでみたい気がする。芭蕉は門弟からも尾張名産宮重大根だの長良川の干し白魚だの送られていて、下戸で痔持ちだが酒嫌いではなかった俳聖の食いしん坊の一面がうかがわれる。

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