直侍を気取る

直侍を気取る



 一時江戸趣味に走ったことがある。テレビの銭形平次ではなくて、岡本綺堂先生や杉浦日向子姉御のそれだ。それらによって初めて知ったことは、江戸情緒といわれるものが、江戸という町の夜の闇の深さや人々の恐怖と隣り合わせに成立していたということだ。清元の幽玄さなどというものもそういう史実によって初めて推し量られるのである。深川に泥鰌を食いに行ったのを手始めとして、日本堤の桜鍋屋はまあいいほうで、真夏の夕方に鰻が出来上がるのを待ちながら手酌で熱燗をちびちびやっていたときなど、自分で自分の神経をやや疑った。行き着くところは蕎麦で、歌舞伎座でこの狂言があったときは夜近所の蕎麦屋が満席になるという「忍逢春雪解」、情趣といったらこれにとどめをさす。ちゃんとした店ならいい酒を出すもので、焼き海苔や蒲鉾などでやるヒヤったらない。ときに蕎麦自体がどうでもよくなってしまうのは、蕎麦屋の罪ではなくて功徳だ。
      
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