美容院嫌い(2)

美容院嫌い(2)
鳴門


「極限デブ夫冷蔵庫いたぶり!」は、アメリカの片田舎(だったと思う)に住むとある夫婦の話だった。
 妻はかねてより夫の肥満体に不満を持っていたという。確かにこの夫は太り過ぎだと私も思う。でも、「極限デブ」と言うほどではない。百キロは優に越えていて、それはかなりな肥満体ではあるが、しかし身長を考えれば「極限」ではないだろう。「極限デブ」という言葉にもっともの凄いものを想像していた私は期待を裏切られた。うーむ。やっぱりだまされた。単に大げさな表現だったのだ。まあいい。問題は「冷蔵庫いたぶり」だ。続きを読む。
 夫はしょっちゅう冷蔵庫を漁ってはなにかしら食べてばかりいたので、妻は食事の分量を減らして減量するように常日頃から口酸っぱく言っていた。しかし夫は妻の忠告も意に介さず、相変わらず好き放題に食べ続けた。妻はすこぶる不満である。しかし、この「デブ夫」、太っているということ以外には、格別いたぶられるような落ち度は見当たらない。うむ。
 ある日、いつものように大量に食べる夫を見て、とうとう妻の怒りが爆発した。さあ、ここからが「冷蔵庫いたぶり」である。どうするどうする、そのとき妻は何をしたのだ?!
 妻は、「デブ夫」を冷蔵庫に(冷蔵庫の側の柱に、だったかもしれない)縛り付け、そのまま一切食事を与えず、そればかりか、身動きできない夫の前でこれ見よがしにがつがつと食べたのである。妻は夫がどんなに懇願しても許さず、自分一人食べ続けた。何日も食べることを許されなかった夫は、極限まで体が弱ってしまった。
 …というのが「冷蔵庫いたぶり」の内容であった。しかも、「極限」というのは「デブ」にかかるのではなく、「冷蔵庫いたぶり」の結果の、夫の肉体的・精神的なダメージのことなのであった。あんなに気になって気になって、嫌いな美容院にまで来てやっと読むことができた記事は、たったこれだけの話だったのだ。うぬぬぬ。
 私は、くだらない記事に対する怒りと、中吊り広告に騙されてそれを読んでしまった悔しさと恥ずかしさ、そして長い間の疑問が解消できたというちょっぴりの安堵感とがごちゃまぜになった気持だった。なんかぐったりしてしまった。百キロを越す「デブ夫」を妻はどうやって縛り上げたのか、なんてことを考える気力もなかった。
 顔を上げると、鏡の中で美容師がにっこり笑っていた。
「何か面白い記事ありました?」
 黙れ、美容師! うう。私はそんなに熱心に読んでいたのか、こんなくだらないものを。ああ。
「いいえ」
 と私は週刊誌を鏡の前に置いた。
 そんなことがあってから、私はますます週刊誌、特に女性週刊誌というものを読まなくなった。美容院に行くときは、文庫本を一冊持って行くことにしている。

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