美容院嫌い(1)

美容院嫌い(1)
鳴門


 いい加減のばしっ放しの髪が煩くなってきた。そろそろ美容院へ行かなければ、と思う。が、思うだけでなかなか行く決心がつかない。私は美容院が嫌いなのだ。めったに行かないから馴染みの店というのもない。どこの美容院でも必ずスタンプカードがあって、スタンプの点数に応じてシャンプーをくれたり割引になったりするのだけれど、スタンプの点数がいっぱいになったためしがない。
 それでも、年に二、三度は意を決して美容院に行く。
 美容院の扉というは大抵ガラスで、窓もやたらに大きく、中が覗けるようになっているところが多い。てるてる坊主みたいな格好で頭にカーラーなんか巻かれて女性週刊誌読んでいるのが通りから丸見えなんである。が、そんなことに怖じ気づいていては今時の女は生きてゆけないのだ。これが歯科医院なら絶対に入る気はしないけど。
 一呼吸置いてドアを開く。
「ごめんください」
 と、カウンターから近づいてくる美容師。
「いらっしゃいませ。ご予約は」
「今日はどうなさいますか」
 まではいい。カルテに住所氏名電話番号生年月日職業などを記入させられるのもまあ、勘弁してやる。
「ご指名は」
 指名料を取るところもそうでないところもあるが、私は指名というのをしたことがない。めったに来ないわけだから、指名をするほど美容師を知っているわけではない。ただ、できれば女性美容師にやってもらいたいと思う。だって嫌じゃないの、知らない男に頭触られるの。でも男性美容師は意外に多い。これが細身で色白のなよやかな男なら、なんとなく、まあいいか、とあきらめられるのだけど、近頃では無駄に体格のいい色の黒い男が人畜無害をむりやり顔で表現していたりする。その満面の笑みに、う、と言葉につまるが、「ご指名は」と尋ねたのが男性だった場合、さすがに「女性の方にしてください」とは言いにくい。
「いいえ、結構です」
 と答える。
「ではお荷物をお預かりします」
 バッグを預け、コートを脱がしてもらい、それも預ける。
「少々お待ちください」
 ソファに腰かけて待つ。テーブルの上には、女性週刊誌やファッション誌、ヘアカタログなどがお刺身のように並べられている。表紙のタイトルをざっと見るが読む気がしない。
 私は週刊誌はほとんど読まないのだけど、昔一度だけ、どうしてもどうしても読みたい記事があった。もう十年以上も前のこと。電車の中吊り広告にあった文字が気になって頭から離れなくなってしまったのだ。見る度に気になる。それは
「極限デブ夫冷蔵庫いたぶり!」
 という見出しだった。ただその一行なんである。「極限デブ」とはいったいどれほどのデブなのか。「冷蔵庫いたぶり」とはどのようないたぶり方なのか。「極限デブ夫」は誰をいたぶったのか。いや、いたぶられた方なのか? なぜいたぶられたのか? 等々、興味と疑問は尽きない。どうせくだらない記事だとは思いながら、なぜが頭にこびりついてしまった。こう気になっては仕方がないからいっそその週刊誌を読んでみようかと思ったが、なんだかそんな記事のために週刊誌を読むというのが我ながら恥ずかしく、とうとうその週刊誌を買いのがしてしまった。そこで、はたと思いついたのである。そうだ、美容院にならまだあの週刊誌が置いてあるかもしれない。
 美容院嫌いな私は美容院に行ったのである。その記事を読むために。
 果たして、その週刊誌はあった。カーラーを巻き終えた美容師が持ってきた数冊の中に、ちょうどそれがあったのだ。てるてる坊主の格好で何食わぬ顔をして手に取る。いきなりそのページを開くのもなんだから、全体をぱらぱらと読み流し、さあいよいよ問題のページである。「極限デブ夫冷蔵庫いたぶり!」という巨大な文字が踊る。これよ、これこれ。私はわくわくして読み始めた。

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