怖い話(4)

怖い話(4)
大森吉美


 怖い話(3)は人から聞いた話ではなく、学生時代に実際にあった話だった。だから(4)は、最初から人から聞いた話にしようと思っていたのだが。だけど何故か、このごろ、やたら日本列島が寒い。それでここでまたぞーーーっとするのもあまり洒落たことではないと思うので、怖いけれどほの温かい話をしてみよう(と思ったら、やはり自分の身に本当にあった話になってしまう)。
 こういうささやかな霊体験は、みんなが経験しているものかもしれないが私が幼い頃に「霊」らしきものにあったのは、二回。一回は前にお話した、お盆のころの、台所の幽霊。もう一回は、寒い冬の夜のことだった。

 綿入れの厚い布団にくるまって、私は亀の子供のように首だけを出して寝ていた。真夜中に、目が覚めると周りがぼんやりと明るかった。母が夜なべて、縫い物でも(そのころ母はよく和裁の内職をしていたから)しているのだろうと、思った。
 案の定、母はいた。
「ねぇ、かぁさん、・・」眠たいのもあって甘えた声を出そうとするのに不思議なことに声が出ない。確かに私は目を開けて母を見ているのに。そのうちに、不思議なことに気づいた。内職に疲れている見慣れた母の顔が、いやに奇麗なのだ。後光がさすように美しかった。にっこりと私をただ見ているのだ。
 もう一度、声を出そうとあがくのだが、指いっぽん動かない。母はだんだん大きくなってきた。私の布団のほぼ真ん中に座って、私を見ているのに、私は重くもなんともなかった。幸せそうに微笑むその顔をみているうちに私は不思議な安心感につつまれて、また眠ってしまったのだった。
 明くる日に起きて母に、その夜のことを聞いたのだが
「また、夢をみたんだね」と母は笑っていた。
 大人になってからも、不思議とそのことが忘れられなかった。

 私が二十歳になった頃から母は心臓を患って入退院をくりかえすようになった。私は会社に勤めながらその行き帰りに、洗濯した肌着を持って通ったのだが、母はそれをとても喜んでくれた。
「浴衣にアイロンをかけてくれるから、とても気持ちがいいのよ。女の子を産んでおいて良かった・・・」と。
 それが母の口癖になり、同室の人にも自慢にしていた。思えば、本当にささやかな親孝行だった。その母が、ある日、私が訪ねてゆくとめずらしくうたた寝をしていた。その顔が、あんまり安らかなので、私はふと幼い頃の不思議な出来事を思い出していた。すると、母が目覚めて言うのだ。
「病院は退屈でね、早くよっちゃんが来ないかしら? 来ないかしら? と思っているうちに寝ていたの。そうしたら夢を見たのよ。よっちゃんが小さくてリンゴみたいなほっぺで寝てたわ。かわいくて、かわいくて。抱っこしたかったな。あぁ、でも、もう、こんなに大きくなったのよね。」
 ふと、母はもう長くないのでは、という悪い予感がした。その悲しい予感は的中して、母は一ヶ月後に急な発作で他界した。

 今でも、私は思うのだ。あの幼い日の、美しい母は、病んで死期の近い母の「心」であったに違いないと。母は生きた霊になり、時空を超えて幼い私に会いにきてくれたのだ。抱きしめる心をいっぱいに持って・・・・。

|
目次| 前頁(怖い話(3))| 次頁(豪華な坂)|