花日記(8)

花日記(8)
大森吉美


9月12日

 我が家のキッチンから見える裏の家の庭に、今年春、さるすべりの木が植えられた。
(裏なのに前田さんって言うんだ。なんか不思議、あは。)(とても上品な老夫妻がお住まいで、庭には雑草一本はえていない。丁寧に園芸をされるのだ。)
 さるすべりは、私の亡くなった母が大好きな花だった。亡くなるその日の朝も、「今年はさるすべりに花が咲かないねぇ、アブラムシのせいかしら?」と気にしていた。実家にあったさるすべりは毎年、盛夏に可愛いピンク色の花を咲かせたのだが、その年に限ってひとつも花が咲かなかったのだ。それだけに、毎年、この花が咲く夏は、私にとって悲しい季節だ。だけど、さるすべりの花は、亡き母の面影を重ねてか(?)私の好きな花の
筆頭にくる花でもある。だから、キッチンから毎日、眺めては花の咲くのを楽しみにしていたのだがこれが、どうしてか(?)咲かない。病気かもしれない・・・。そう、さるすべりはアブラムシやら貝殻虫やら、ミノムシやら虫もつきやすいし、いろんな病気にもなりやすい木なのだ。(植木屋さんは、売ろうとするからか? 強くて育てやすい! と勧めるところが多いようですが・・・)
 ある日、さるすべりの木の前で思案している前田さんを見かけて思わず声をかけてしまった。
「おはようございます。・・・咲きませんねぇ?」
「うーーん、ほんまにね。蟻がいっぱい登りよるから、そのせいかと思って、蟻退治っていうこんなん買ってきたんですわ。」
 見ると、薄緑のプラスチックの容器だ。
「罠(?)みたいですねぇ? でも一匹もかかってませんねぇ?」
 不思議そうにのぞきこんだ私に、
「なんでも、この中に薬がはいっていて、蟻がそれを巣まで運んで巣ごと全滅させるらしいですわ。」
 おぉ、それは残酷だ。暑い中を汗して(?)はたらく蟻サンたちがそれとも知らず持ち帰ったゴチソウらしきものが毒なんて。
 少し、蟻に同情しながら、さるすべりを見ると葉の色がズズ黒い。
「蟻は、植物には益虫とかって言うんですけどねぇ?」
 と、言いながら葉をひっくり返すと、いた! いた! アブラムシがびっちり・・。
「あ? ほらぁ、犯人はコッチのほう。アブラムシですよぉ。そうそ、蟻はアブラムシのおしりから出る液が好きだって、確か、テレビかなんかで見ましたよ。」
「あらぁ? ほんまやわ、これ、虫ですのん? どうやって退治しますのん?」
(こうして年配の方に頼られるなんて! なんか嬉しいぞっ。)
「それはですね、スミチオンっていう消毒液がいいのと違います? あれは毛虫にも効くっていうし。えっと何倍だったかな〜? 二十倍くらいだったかに薄めてかけてやるとイイんですよ、確か・・。それにね、このさるすべり、病気やわ。ほら、葉が黒いでしょ? これって黒点病とかっていう、病気だったと思いますよぉ。」
「まぁ、病気!!」
(前田さんの視線が、尊敬の眼差しのそれに変わったように思う、むふ。)
「どないしたらいいのやろ?」
「黒点病に効くっていうスプレーとかが園芸店に売ってるはずですよぉ。」
「早速、買ってきますわね。まぁ、えぇ事、教えてもろた、年ですぐ忘れるからメモしとかな、あかん、えっと、アブラムシに黒点病、っと。」
(う・・・そう言われるとハナハダ自信がナイ。)
「あ・・・ちょっと待って。確か、本に載ってると思うから、もういっかい確かめてみますわ・・」
 急いで家にはいり、本をめくるとあったあった・・・。あ? 黒点病じゃなくて、クロ星病だわ・・・。えっと、それから・・・スミチオンの薄めかたは・・っと
 こうして、よしみサンの勉強は続くのであった・・?(笑)


9月13日

 秋の花壇の事を考えながら近くのホームセンターに行くと、来春の花壇を彩るハズのパンジーの苗がもう店先に出ていた。しかも「寒さに強い冬越しパンジーの苗98円」と大きく書かれていて、安い。(今ごろのパンジーの苗は、季節の先取りで普通は150円はするぞっ)(むふ、お向かいサンとお隣りサンに自慢しようっと。)我を忘れて、苗を買い占めた。
 種類は、リーガルブルー、リーガルビーコン、リーガルエロー、リーガルブルーアンドホワイト、リーガルレッド。それぞれを五株ずつくらい。(計30株ほど。)勢いづいて、その横に「秋の花壇に最適・宿根草150円」と書かれたニーレンベルギア(あまり聞かないわねぇ)も買いこんだ。あと、またその横にあったイイにおいのするハーブの一種ブルーメドーセージ(1200円)も・・・。(お菓子みたいな甘い香りだった事を思うとおなかが空いていたのかも)
 そうして意気揚々と我が家にもどって早速、お向かいサンとお隣りさんをぴんぽーんする。にこにこしてる私にいつもの下心ありと見たのか、お向かいサンの園芸の達人の第一声・・・。
「どうしたん? また・・・毛虫かいな?」
「今日は違うよーん」とすこぶる機嫌のイイ私。
 お隣りサンはおびただしい数のビニールポットを見つけて、
「買いこんできたんやねぇ?これ、ひょっとしてパンジー?」
「うん、そう・・・えへ、いくらやったと思う?」
「98円!」
「えぇーー?なんでわかったん?」
「だって、広告に出てたやん?」
(う。見てないぞっ。)
「よしみサンは気が早いんやからぁ。まったく。」
「そうそ、秋の花がすんでからでもいいし、種から楽しんでも充分間に合うのになぁ」
(う。そうだったのか。)
「で? どこに植えるつもりやったん?」
「あ・・考えてなかった・・・」
「ははは・・、こいんなけ仕入れて商売できるで。玄関の横で120円くらいで売ったらどうやろ?」
(おいおい・・・)
「どれどれ? リーガルレッドにリーガルブルー・・・か。あ、買い占めるんやったら、このリーガルビーコンがいいで。キレイな配色やし、この種類では一番丈夫やわ。」
 ふーむ。せっかく驚かそうと思ったのに、うーん、やっぱり上には上がイル。
「他にも、買ってきたんでしょ?」
「うーん、まぁね。」
「そう言えば、きのう、この間作ったコンテナガーデンの下にひくって言ってた煉瓦は買ってきたん?」
「あ・・・・!」
(最初の買い物の目的をスッカリ忘れていたのだった)

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