花日記(1)

花日記(1)
大森吉美


6月16日〜20日

 先日からというのか? この春からというのか? ご近所に影響されて、私はこれまでになく園芸に親しんでいる。
 花は好きでも、見たり飾ったり、あるいは詩の題材であったり絵のモチーフであったりして、鑑賞していただけの花が、今では命のある生物?になってきたのが不思議と言えば不思議だ。
 花はいい。ものは言わないけど、尽くせば尽くすだけ、気持ちをこめればこめるだけ、答えてくれて嬉しいものだ。でも、手を抜くと花のつけ具合が違う。手をかけても気持ちのいれぐあいで色までもが違ってくる。鏡のように主人の気持ちがわかる生き物らしい。
 我が家のお向かいさんが、花作りの名人で私は、五年がかりの約束をとりつけて、花作りのノウハウを教えていただくことになっている。今までは枯らすのが得意?だった私だが、さぁ、どうなるのだろう?
 私のルーツを知る友人に「よしみさんに園芸は似合わない、きっと一年ポッキリね。一年、持つかしらねぇ?」と首をひねられながらも。
(そう言われると かえって燃えて?しまうモンである。)
 なんとか、一年のみならず、続けて花を楽しむにはどうしたら一番いいのかを、くだんの花作りの名人に聞いてみた。
「よしみサン、そりゃ花日記をつけなきゃ」
「花日記?」
 うーん、自分の日記もつけたり、つけなかったり。よほどのイイことやワルイことは結構メモしたりもするんだけど。でも、ここは一念発起! やってみよ。


6月16日

 で……今日は何をしたかと言えば、起床後、ゴールドクレストにこれでもか!? 浴びせるほどの水やりをする。このゴールドクレストは一ヶ月ほど前に植えたばかりで、とにかく夏場は水を欲しがるらしい。くれぐれも、雨が降る、と天気予報をうのみに安心してはいけない。もし、雨が降らなければとたんに、内側から茶色く枯れてきてしまうのだ。
 その下には、夏場の日ざしに強い色とりどりのポーチェラカをさし芽してある。コイツも水は嬉しんだろうな。さし芽の状態でも花を咲かせている。強いな。
 春にお向かいさんの指導のカイあって咲き誇っていたパンジーはもう終わりである。次に夏の花壇を彩るのは、このポーチェラカだろう。しっかり根づけよ。


6月17日

 今、のどかで豊かなお昼寝から起きたところ。まだ、日差しがきついのでもう少ししたら、夕方の水ヤリをする。
 そうそう、お向かいさんからいただいたサフィニアのさし芽が小さなナイロン製の植木鉢にあふれるばかりに大きくなった。こうなると根がまわっているそうな。根をまわすために、花芽をつけてはいけない。根気よく花芽をつんでやると、倍々の花芽をつけて大きくなってゆく。たくさんの花を咲かせるために、幼い花芽は容赦なく犠牲になってゆく。可哀想な気もするが、立派な花作りの名人は、時には心を 鬼にするんだそうだ。自然淘汰ではない。人間の知恵だ。この人間の知恵って結構くせ者なんだと思う。子育てにも似たような場面があるなぁ。今の学校教育でも落ちこぼれは容赦なく切り捨てられたりするもの。厳しい。
 とにかくも 小さなさし芽から、ようやく鉢にあふれるほどに大きくなったサフィニアは、夕方、もうひとまわり大きな鉢に植え替えてやることにする。だが、このサフィニアはまだ花をつけることはできない。鬼より欲張りな主人の手によって、また、当分の間花芽を摘まれながらひとまわり大きな植木ばちに根がまわったころに、ようやく花をつけるのが許されるのだ。

 あーあ。サフィニア残酷物語り……。


6月18日

 梅雨入りだというのに、今朝もいい天気だった。それで インパチェンスやサフィニアに、液肥をやることにする。液肥が無駄にならないように、雨続きの時はまかないそうだ。せっかくの肥料が根元にとどまらず流れてしまうらしい。
 薄い紫のサフィニアのハンギングバスケットは、先日、白いフのはいった小さめのベンジャミンと寄せ植えをして、もうすっかり根も回って花が誇らしげに門扉を飾っている。花作りには色彩感覚も必要で、夏はブルー、白を基調に寒色系でまとめるのが涼しげでいいなぁと思う。ハンギングバスケットに挑戦するのは、これまた生まれて初めての事だったが、お向かいさんに土から教えてもらって成功している。土は「花と野菜の土」に、固形の化成肥料をパラパラと混ぜただけのもの。うーん、彼女にはその割合がもう把握できているのかもしれないが。私といえば、「きっと比率があるんだろうな、」と思いながら手際の良さに見とれるばかりであった。聞くのを忘れた、土と肥料の割合・・あぁ! 後々のためにこれは、聞いておかなくては!
 他にハンギングのコツと言えば、吊るすものだから重くなってはいけないらしい。それに、ハンギングは、水捌けがいいから、普通のプランターや植木鉢のように下に軽石やら小石などを入れなくてもいいそうだ。この軽石というのは園芸店に売っているが、花作りの名人はさすが主婦である。軽石を園芸店で買うようなことはしないそうだ。家電のハコ等についているハッポウスチロールを細かく砕いて代用する。「捨てるものなど世の中にないのよ、」とのたまう彼女を尊敬してしまった。
 ハンギングバスケットに水や液肥をやるときには、したたる水がもったいないから、その下には、寄せ植えのプランターを置く。
 昔、母が調理して残った野菜の皮なども皆、お漬物にしていた事なんかを何故か、思い出してしまった。「こうすればヘタまで美味しくいただけるのよ」と。日常、生命あるものを「いただきます」と手を合わせる、そういう「もったいなさ」が園芸にもどこか流れているんだ。


6月19日

 昨日の夕方、お向かいさんにどこでゴールドクレストの水が足りないかを見分けるのかを教えてもらった。ゴールドクレストはクリスマスツリーにもできる針葉樹で常緑なのだが水が足りていると葉の先は決して針のようにはならないそうだ。針どころかまるく艶やかなのだ。我が家のゴールドクレストは、てっぺんに近いところは丸く艶やかでヒバの種類かと思うほどだが、根もとのほうはチクチクとした針状になっていた。こういう場合は下枝を思いきって払ってしまうのだそうだ。それから、チクチクするあたりからは新芽をこまめに摘むのがいいそうだ。水が足りなくて茶色く枯れた部分もついでに取り除いてやって、それをくりかえしている内に、内側から丸く艶やかな新芽がでてくるらしい。根気、っていうのがポイント。
 一夕にして何事も成らず。
 うーん、園芸っていうのは、ことわざやら教訓やらやたら思い出す。決して年をくったからとは思いたくはない。(園芸って若い人にもトレンディなんだってば。)
 そういえば、今日は日記をつけるのがちょっと辛かった。三日坊主。とはこの事か?
 いーや、がんばるっきゃないって。
 今日の夕方は季節はずれの台風7号が来るとかで、ハンギングバスケットを家に取り込むので忙しかった。
 例の薄紫のサフィニアともうひとつの白いサフィニアは今晩はキッチンで夜をすごす。いい夢をみるだろうか?


6月20日

 台風一過。
 晴天……ではなく、曇天で風はまだ時折強いが、我が家の回りではさしたる被害はなかったようだ。
 ハンギングバスケットを門扉に掛直す。お向かいさんのハンギングバスケットは約20〜30、我が家の10倍の量である。それをデッキにしつらえたトレリスという木材でつくった網目状のフェンスに掛直していく。脚立がないと上の方まで届かない。手伝ううちにもよもやま話に花が咲く。
「今日、学校、休みやったんやん? たまらんなぁ。子供は活力ありあまってずっと騒いでるしなぁ、昼ねどころやあらへんで。」
 実は昼食後、その喧噪をものともせず、熟睡していた私。
「私は、二時間は寝たでぇ」
「さすが、子育ての強者やなぁ」
「あははは」
 その声を聞きつけて、お隣りさんが顔をのぞかす。
「お茶、せぇへん?」
 お隣りさんは、庭に自家菜園を作っている。これはもっぱらご主人の趣味だそうだ。奥さんは、やはりお花好き。出来れば畑も花壇にしたいけど、としょっちゅうボヤイテいらっしゃる。
 でも、私は畑もいいなぁ、と密かに思っている。だって去年の夏も、キュウリにトマト、ナスビやとうもろこし・・と収穫のおすそ分けは嬉しいものだ。
 このお隣りさんとお向かいさんに囲まれてのお茶は、園芸の話がもりあがって、楽しい事、この上ない。駆け出しの私には勉強になることばかり。お向かいさんが、寄せ植えの専門誌を持参していた。美しい写真に「次は、コレしたいよね、」などという話は尽きない。私だけが大ぼけで、「ね? ボタンって食べられるんよね?」などととんでもない質問をしてしまう。
「もう、よしみサンのボケは筋金いりの天然ボケやなぁ。一応キャベツの一種だけど、食べられヘンで。」
 私が初めてコンテナガーデンに挑戦したのは、丸い素焼きの植木鉢にだった。雪やなぎ、黄色のボロニア、赤紫のディモルフォセカ、白と青のロベリア。今は雪やなぎは緑の葉をたわわに繁らせ、白と青のロベリアも植木鉢を覆うまでに咲き誇っている。黄色のボロニアがいまいち元気がないのはやはり水が足りないからかなぁ? まずまずの成功だとは思うのだけど。
 花の名前や性格も徐々に覚えていってる。
(時々は、いや、しょっちゅう? オボケはするけど。)
 せめて我が家にある花木の名前や性格は覚えてやらなきゃ。いつかは、我が子のように愛しくなるんだろうな。

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