たったの3分間

たったの3分間
阿ト理恵


裸眼で見あげた夜空に
蜜柑色の光の塊がぼわぼわ浮かんでいた
眼鏡をかけて知った三日月の尖りは
遺伝子に刷り込まれた傷を突然疼かせた

ふわふわぬくぬくパンダに、優しく抱きしめられていた。気持ちが
よくって、いつまでも、そうしていたかった。パンダの黒く縁どら
れたやわらかい毛の中の鋭い瞳が言う。わたしの子供を産みなさい
と。女は、いやですと言って、パンダの短い足を振り解いたら、足
の裏を猫が舐めていた。とても気持ちよくって、からだ中舐めても
らっていたらパンダのことを忘れた。猫が女の唇を舐めながら言っ
た。わたしの子供を産みなさいと。女は、いやだと言いながら、猫
を地面に叩きつけたら、肩を犬が揉んでいた。すこぶる気持ちよく
って、からだ中揉んでもらっていたら猫のことを忘れた。犬が首を
揉みながら言った。わたしの子供を産みなさいと。女はいやだと言
いながら、犬を空へ投げたら、鳥が耳元で美しい歌をうたっていた。
あまりに美しい歌にうっとりしていたら、犬のことを忘れた。鳥が
耳たぶを軽く噛みながら言った。わたしの子供を産みなさいと。女
はいやだと言いながら、鳥を手で握り潰したら、女のからだにぺっ
たりくっついているうさぎがいた。ただ、ただ、自分のからだをく
っつけているだけでなにもしてくれない。ときどき、くりんくりん
とからだをひっくりかえして、白い腹を見せるだけ。だらだらのび
のび気持ちよさそうに眠っているうさぎの体温が女のからだを温め
はじめたら、女はうさぎを、パンダになって抱きしめ、猫になって
舐め、犬になって揉み、鳥になってうたった。うさぎは、突然姿勢
を正し胸を張ってきっぱり言った。子供を産みますと。

妊娠検査薬のスポットを
待った
たったの3分間だった
わたしが妊婦だったのは

          (B級 阿ト理恵独り詩通信【5】より)

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